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短編小説集

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自作の短編小説を集めてあるよ。ジャンルフリー。
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2020年1月の記事一覧

智慧の翳り、信仰のゆらぎ

 二〇二〇年代ももう末期となり、スマートフォンが一般に普及し始めてから二十年ほどが経ちました。今や、およそ八割もの人が個人でスマートフォンを所有している時代です。  パソコンやネットワークの知識がない人でも簡単かつ手軽にインターネットを利用できるようになると、インターネットを介して様々なサービスが提供されるようになり、多くの人々にとって、情報通信技術はより身近で便利なものとなりました。技術の進歩とともにサービスの質もどんどん向上し、ユーザーはその恩恵を享受していたのですが……

命のともしび

 雨風の強い日だった。ごうごうと空気がうねり、地面には滝のような雨が降り注いでいた。 「弱ったな」  まばらに生える背の低い樹木に寄り添いながら、旅人は小さく息を吐いた。つい昨日までは、照り付ける日差しにこの身を焼かれていたというのに。  どうにか枝葉の陰にすがってみても、横殴りに打ち付ける雨粒からはまるで逃れられない。いつまで降り続けるのか見当もつかないこの雨の中、足を止めたままではかえって身を亡ぼすことになりそうだ。旅人はまた歩き出した。幸い、夜の訪れまでにはまだ少し時間

隣人はFOOL!

 運命に導かれるかの如く邂逅を果たす勇者と魔王。史上稀に見るスケールの小さな戦いが、今、始まる! プロローグ 世界は震撼した。  長く平和を甘受していた人々の前に、突如として『魔王』を名乗る存在がその禍々しき姿を現したのである。  魔王――地方によってはイケメンだったり美少女だったりしてすっかり風格の薄れつつあるそれだが、このとき現れたのはそのような類のものとは一線を画す、まさに魔王と呼ぶにふさわしい形貌を有していた。  黒色に近い肌と尖った耳を持ち、見たもの全てを射殺す様

はるか彼方の都市伝説

 その日、ぼくは地下鉄に乗って、ただただ現実から遠ざかろうとしていた。  地面に敷かれていたレールが筒状のチューブに、角ばった車両が流線型のカプセルに変わってから、もうずいぶん経つ。それなのに横文字の呼び名が定着しないのは、ここが日本だからだろう。西暦二〇〇〇年頃のそれとは外見からスピードまで驚くほど進化しているが、人々にとってやはり地下鉄は地下鉄で、列車は列車らしかった。  このまま遠くへ行ってしまえば、ぼくは束縛から逃れられるだろうか。  海底をぶち抜いて張り巡らされた筒

PSYCHOな蓮美ちゃん

 ある夜更けのこと。その女の子は自室でスマートフォンの画面をしきりにつつきながら、ぽつりとつぶやきました。 「うーん、思ったより伸びないなあ」  蓮美ちゃんはこの春に高校入学したばかりの高校一年生。入学を機に念願だったスマートフォンを買ってもらい、周囲よりやや遅めの『スマホデビュー』を果たしたのでした。すぐに今はやりのSNSに登録し、ひと通りの使い方も覚えたのですが、自分の投稿への反応は芳しくありません。 「今日はもう遅いし、明日、学校で誰かに聞いてみよう」  深夜にメッセー

悪性希望症候群

 むかし、声優という職業に就きたかった。  作品と演技を通して見る者に感動を与える、そんな存在に憧れた。わたしがもらったものと同じ感動、あるいはそれ以上の何かを与えられる人間に、わたしもなりたい。そう思っていた。  けれど現実はそう上手く運ぶものでもなく、周囲の理解が得られないまま、味方のひとりもいないままであえなく挫折してしまった。  それならせめて、真っ当な社会人になって真っ当に働き、良い伴侶と人生を共にして家庭を築いていきたいと、そうも考えた。描いた理想とは違う形だが

物乞い童子

 とある夜ふけ。片田舎のうら寂しい小道を、男がひとり歩いていたときのことでした。  まばらに立てられた街灯の、その下。  小さな男の子がひとり、ぽつねんと佇んでいたのです。  俯きがちに、しかし男に『何か』を訴えかけてくる子供。三歳か、四歳くらいに見えました。妙だな、と思いながらも、男はその子を放っておけませんでした。 「こんなところで、どうしたんだい」  男は子供に声をかけてみました。子供は応える様子がありません。  ちらと窺うと、子供はあまり清潔とはいえない様子でした。明