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父の助手席はうるさいけど静かだ

私は1歳になる1週間前から保育園に行き始めたらしい。毎日の送り迎えは父だった。卒園するまで毎日父だった。1度だけ当時入院していた母が、退院の日にタクシーで迎えに来たのは鮮明に記憶に残っているが、それ以外は全て父だった。

父の車の助手席に乗ると、いつも父の独り言を聞くことになった。「あーっ」とか「くそっ」とか「おいっ」とか、ずっと独りを言っている。小さい時は父の口癖を聞いたまま、私もその言葉たちをマネして汚い言葉を面白おかしく話していた。もちろん母にこっぴどく怒られた。父みたいな言葉使ってると口が曲がるぞと脅されて以来、父の言葉はマネしてはいけない言葉として認識された。

父は独り言は多いけれど、私に何か話を振ってくることは少なかった。高校時代、駅まで迎えに来てくれた父は「おかえり」しか言わなかった。母は「今日どうだった」とか「どんな勉強した」とか「明日何するの」とか、とにかく質問が多い。それに比べると父の車は本当に静かだ。

きっと私が知る限り、自分に反抗期は無かったのだけど、高校時代は質問の多い母の車より、父の車の方が楽だった。今思うとなんて贅沢なこと言ってるんだと思うが。

去年から、実家に住んでいるが、父は以前にもまして独り言が多い。きっとこれは年のせいだ。独り言も音量が大きい。父の声量は、父が見るテレビの音量に年々比例している。どっちもうるさいから私の耳も慣れてきてしまった。相変わらず、「あーっ」とか「くそっ」とか「おいっ」は言うし、パソコンにイライラしている様子だ。もっと声量抑えてと伝えるけれど、5分後には忘れているので、もう私は諦めている。

一昨日、久しぶりに父の車に乗ったのだが、家の中みたいに大きな声で独り言を話さなくなっていた。もう運転中にイライラしなくなったようだ。父も年を取ったんだなと実感した。昔と変わらず何も質問してこない父の車は、独り言が無いせいか余計に静かに感じた。目的地まで送り届けてもらうと「いってらっしゃい、気をつけろよ」だけ言うので、私が「うん」だけ言うと、片手をあげて行ってしまった。

去っていく父の車を見ながら昔のことを考えた。保育園時代、園の駐車場から建物までの間必ず手を繋いで送り届け、帰る時もも必ず手を繋いでくれていた父を思い出して、少し目がウルッとした。いつまで父の車の助手席に乗れるかわからないし、自分でも運転はできるけど、もう少しだけ父の助手席に乗っていたいと思った日だった。


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