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体育の授業で「倒立」を断った息子は、なかなか見どころがあると思った件

息子はビビりだ。
臆病で警戒心が強いので、体育も苦手。

運動神経に関しては、わたしも相当なものだから、なんとなく息子の気持ちは分かる。
 
「怖い」が先に立つと、身体が思うように動かない。

なので、跳び箱、マット運動、鉄棒など「落ちる可能性」や「首をグキっとやる可能性」があるものに関しては特に苦手だ。めちゃくちゃ怖い。怖がるから余計できなくて、怖さが増す。

警戒心が強くて想像力がある人は、おそらく体育が苦手な人が多いんじゃないかなぁと思う。体育とかって、ある程度「やっちゃおう」な思い切りが必要だしね。

ということでわたしの遺伝子をがっつり引き継いだ息子。中学の体育でマット運動の時期があり、体育のテストは「三点倒立」だったらしい。

けれど息子は倒立なんて当然怖くてできない。

倒立はできない人も結構いるので、怖い人はクラスメイトが足をもってサポートしてくれることになっているのだが、その「ちゃんとやれるか分からない素人に足を掴まれる」のが怖い、ということで、

息子は、体育のテストを断ったそうだ。

それを聞いてわたしは驚きと共に、「息子はなかなか見どころがあるな」と頼もしく思った。

学校ではおとなしくて、陰キャ側の息子。

空気を読みまくって疲れるので学校は疲れてしまうような息子が、体育の授業で、体育会系の脳筋先生に「倒立できません」と断るのはかなりの勇気が必要だったと思う。

ムリめなことを頑張ってやることも大事だけれど、勇気を出して断ることも人生には必要だと思う。

そして体育の倒立は、できなくても、断っても、人生に何の影響もない。とりあえずわたしに関しては、倒立ができないけれど、人生に何もデメリットがない。

だからそれは「よく断れたね、どうしても嫌なことは、断る勇気も大事」と褒めた。

ちなみにわたしも体育は全くダメで、マット運動、器械体操などは苦手の極致だった。

だけどわたしが学生だった昭和の時代は、「テストを断る」なんて許される空気ではなかった。というか、今でもたぶん、断れる空気ってないと思うからこそ「息子すげぇ」って思うのだけれど。

昔のわたしは周りに合わせることに必死だったので、息子みたいに断ることはできなかったもん。

そんな倒立の話を聞いたのは、実は去年のこと。今年もマット運動の季節がやってきた。今回はさらに学年が上がり、やることのグレードがあがってしまった。

三点倒立から、普通の倒立になり、周りの目も気になるお年頃になった息子は、「体育の倒立が怖すぎて、学校行きたくない」と言った。

体育くらいで学校を休まれてはたまらない。仮病で見学しとけばいいわ、と親の太鼓判をつけて息子を学校に送り出した。

けれどマット運動の期間、ずっと仮病も難しい。去年のように正直に「怖いから見学します」と言ったら?と聞くと、そういうことには保護者の一筆が必要だとのこと。

そういうことなら仕方ない。息子の楽しい学校生活のために、母ちゃん一肌脱いでやろうじゃないの。

息子の訴えをヒアリングして、しっかり一筆。

「息子はもともと臆病な性格で、恐怖心が強く、倒立をしようとすると首を折ってしまうのではないか、ケガをするのではと想像し、過呼吸気味になり、冷や汗が出て具合が悪くなってしまうそうです。よって、マット運動の期間は見学させていただきたく存じます」

というようなことを書いた。

無事、その一筆のおかげで見学することができ、息子は嫌がらずに学校に行った。てかそんな手紙を見たのに無理にやらせる先生、いまの時代にあまりいないだろう。ありがたい時代になった。

しかし思うんだけど、体育って、運動って楽しい!というのを教える時間であればいいのになぁ。と思う。

運動神経の良い子は、何をやらせてもそつなくこなすし、勉強は嫌いだけど体育の時間が好きな子もいると思うのだけど、できない子にとっては地獄。

勉強と違って体育って、できない子がバレバレで、苦手な子の公開処刑状態になってしまうので、トラウマになっている人いるんじゃないかなぁと。

結局、学校の「体育」って、器械体操やマット運動ができるようになればよいのではなくて、目的としては「運動って健康増進のためにいいし、身体を動かすとスッキリするし、身体を動かそうね」というのを伝えて、将来的にも運動したいと思うようにするのが目標のはず。

だったら体育が苦手で、運動が嫌いになっちゃった子を量産する今のスタイルって、再考の余地があるんじゃないかなと思う。

そして人生には、それぞれのタイミングで「踏ん張らなくちゃいけないタイミング」というのが訪れると思うのだけど、それ以外のことは結構どうでもよかったりする。

学校の体育に関しては、全力で頑張れる子はそこで頑張ればいいし、でもどうしても無理、という子は、それはパスしていいと思う。わたしはそう思う。あくまで個人の感想です。


逆に世の中、苦手をなくして、全部まんべんなく頑張ろうとか、大変なことも全部ひとりで背負おうとして、オーバーワークどころか、ショートしたり、バーンアウト(燃え尽き)しちゃってる人が多い気がする。

だから自分で判断して「断る」ことは、自分の身を守る大事なスキルかなと思っている。

だから倒立だとか体育だとか、細かいことは置いておいて、それが何であれ、息子自身が自分なりに考えて、「これは無理」と言えたことは息子にとって大事な経験だし、「断ってもいい」という経験は、これからの息子の人生の難所を救うひとつの武器になるかもしれないと思っている今日この頃だ。


今日もお読みくださりありがとうございました!



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