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【短編小説】限りなく透明に近いホワイト


1.ペンデンス国

誰もがのびのびと自分らしくいられる国を作ろう。
前国王、レオナルド一世から国を受け継いだレオナルド2世はそう思った。

この国「ペンデンス王国」は、コバルトブルーの海に面した美しい国だ。海は透明度が高く、何千年か前に沈んだ古代都市の跡もうっすら見える神秘的な場所だ。温暖で雨も少なく過ごしやすい。丘にはオリーブの木がなり、湿度が低いので暑い日でも木陰に入ればとても涼しい。港に面したカフェはいつも人で賑わっていて、行き交う人同士も楽しそうにおしゃべりしている。

過ごしやすい気候のせいか、人々もみなほがらかで明るく、あっさりしている。気候が性格を作るのか、みな知らない人同士でも通りすがりに立ち話をしたり、持ち物を交換したりと、フレンドリーだ。この国の人たちのモットーは「毎日を楽しく過ごす」こと。自分自身の毎日を、1日1日を大事に愛おしんで過ごしているので、妬みや他人の足を引っ張るようなことをする人はとんと聞かない。警察もいなくはないが、特に取り締まる仕事がないような、ゆったりした国だ。

小さな国だが、陸伝いには5つの国の国境と面している。いずれの国とも友好的な関係で、ちょっと都会に行きたいときには隣のロンバルディー公国に遊びに行き、おしゃれな服を買ったりする。交通の便が良く、国境をまたぐバスや電車もあるので、とても便利な国だ。

通貨はグローバル・ペディア。この隣国5国と共通通貨の協定を結んでおり、隣国に行くときにも両替の必要がない。

主要産業は観光業。とにかく美しい海と、そこから上る丘、そこにある宿から海の眺めが素晴らしく、夕日が見える丘には夕刻、たくさんの人が集まって夕焼けを楽しむ。

2.自分の実

この国の面白い特産物に「インディペンデント・フルーツ」というものがある。フルーツというか、種なのだが、種を買って、その種に自分の息をかけ、その種をペンデンス国の土に埋めると、「自分の実」がなるという面白い植物だ。種を植えて3か月後に花が咲き、半年後に実がなって収穫できる。実は食べることができる。

その人によって実の味が違うのはもちろん、そのとき、その人の状態によっても味が変わる。幸せ絶頂のときに植えた種は糖度の高くて甘い蜜が入った実がなるが、最悪な気分でため息をついたり、人を呪うような気持ちのときに植えると、「くさや」のようなとんでもないニオイになる。そしてどんな状態でも「その人の味」のようなものが、実の香りとして立ち上るから面白い。

詳しいことは解明されていないが、この種を他国で育てようとすると、なぜか芽さえ出ない。

そしてこの種は1回実がなると枯れてしまうので、自分の実の種を買って、その場で息を吹きかけて植え、花が咲く3か月後に見に来たり、実がなる6か月後に収穫に来ることもできる。

来られない場合は、実を収穫して、届けてくれる宅配サービスもあるし、成長過程を写真に撮って送ってくれるサービスもあり、美しい海や国土に加えて、このオリジナルな特産物が観光客をひきつけてやまないので、この国は豊かさを保っていられるのであろう。

この実が象徴するように、このペンデンス国が最も大事にしているのは、「自分の考えをしっかりと持つこと」だ。

周りに合わせることや、空気を読むことは推奨されない。
思考停止で「わかりません」や「同じです」というのは、それはそれで個性ではあるが、あまり推奨されない。

この国の法律は少し変わっている。
何か他人を傷つけるような罪を犯したときは、
罰として「他人の実」を無作為に10個食べることになっている。

往々にして人と人とのトラブルは
「相手の立場に立てていない」ことが原因で起こる、という国王の考えから、他人の味をしっかりとかみしめ、その裏側にある思いや自分との違いを味わうことを義務付けている。

3.新たなシンボル

そんな感じでペンデンス国は、ゆるやかに豊かに発展していたが、国王レオナルド2世は、自身が国を受け継いだ証に、何か国のシンボルとなるものを作ろうとした。

すぐに思いついたのは、国旗を変えることだ。
この国はまだ歴史が浅く、国旗も設定したが、
さまざまな人が住むという意味で、虹色の国旗だった。

だが、ちょっとオリジナリティが足りない、と常々思っていたので、レオナルド2世のメイン事業とするため、国旗デザインのヒントになるシンボルを、他国に探しに行くことにした。

美しい国であるが、残念ながら歴史的遺跡は少ない国だ。海中遺跡はあるが、その調査にはとてつもない費用と時間がかかる。

まずは他国を訪れることで異文化に触れ、デザインのヒントになるようなものを探しに行くことにした。

4.旅の行程

とはいえ、何か「これ」という手がかりがあるわけではない。国王は、国内の有識者を集め、他国にある、シンボルのデザインになりそうな場所を探させた。

ほどなくしてその情報は集まり、視察に行く場所は5つに絞られた。

その5つとは、

・ルナール国にある、「真実を映し出す鏡」

・ポデット国にある、「魔女が住む城」

・フレイル国にある、「妖精たちの森」

・ビエネン公国にある、「青い青い池」

・ナルティア国にある、「ぐるぐるの渦」

であった。

すべて、ペンデント国と国境を接している国だ。
きっと、この5つの場所を訪れれば、自国の象徴を見つけることができるだろう。期待に胸を膨らませ、国王レオナルド2世は視察団を結成した。

お供をする視察団のメンバーは5人。

方向感覚に鋭く、彼がいれば迷うことはないであろう、パオロ

いつも人々を和やかにさせるムードメーカー、エンリケ

神経質だが、嗅覚が鋭いハンク

国王のまとう服などをデザインしている、ボルサ

考古学など遺跡に詳しい寡黙な学者、イデア


この5人が同行することになった。


5.ルナール国の「真実を映し出す鏡」

ルナール国には、「その人の本性を映し出す鏡」があるらしい。人は、見えないものをとても怖いが、その反面、とても見たいと思っている。自分の内面がどのように映るのか、国王はとても興味があった。

ルナール国は、森に囲まれた緑多い国だ。森のトンネルを進み、その奥に奥に進むと、壁中がツタで覆われた、赤い屋根の家があった。

その家の主は、ふっくらとしたおだやかな白髪の老女だった。

「国王、ようこそいらっしゃいました。
こちらがその、真実を映し出す鏡でございます。
 
この鏡を覗いた人の心の中を映し出します。
お試しになられますか?」

そういって、老女は国王とお供を招き入れた。
ろうそくの灯りが暖かい雰囲気を醸し出している。
質素な室内だが、長い間大事にされてきたであろう
木の彫刻が施された額縁に飾られた花の絵が印象的だ。

鏡は、部屋の奥にあり、
こちらも木の彫刻がほどこされた扉がついていた。

「さあ、こちらです。皆様ご覧ください」

まずは、お調子者のエンリケが覗いてみることになった。
鏡に映ったのは、あちこちに飛び回るピンポン玉。ひとときもじっとしていないそのピンポン玉は、好奇心の塊のようなエンリケの心を映し出しているようだった。

「ほほう、面白い」

国王は非常に興味を持って、自分も鏡の前に立ってみた。
しかし、鏡をのぞき込んでも、自分しか映らない。だが、今の自分よりも、かなり老け込んでいるように見えた。

「わたしは、わたしの顔しか見えないのだが」
国王は不思議そうにつぶやいた。

老女は微笑んで言った。

「よくあなたの顔をごらんください。あなたの顔に、あなたの人生が、性分が現れているのですよ。この鏡は、あなたを映す鏡。あなたが今見ている姿が、あなたの真実です。ですが、国王の心は少しお疲れのようですね」

国王は自分の顔をしげしげと見つめた。
こんなにじっくりと自分の顔を見たことがあっただろうか。
いくぶん疲れている様子で、眉間にしわが入っている。眼光も自分が思っているより鋭い気がする。

「国王は良い国を作ろうという考えにとらわれ過ぎているのかもしれませんね。少し、ゆったりと旅をなさると良いかもしれません。」
と老女は言った。

6.ポデット国の「魔女が住む城」

老女の家を離れ、次のポデット国に向かうことにした。
国王は、ルナール国の鏡では、自分の顔が険しいことがわかっただけで、あまり得るものがなかったような気がした。

国王は、デザイナーであるボルサに尋ねた。
「なにか、シンボルになるようなヒントはあったか?」

ボルサは「いえ、、面白い鏡だとは思いましたが、正直なところ、それ以上のものは見つかりませんでした」と答えた。

学者のイデアにも訪ねたが、イデアは「ううん・・・・少し時間をください」と考え込んでおり、答えらしい答えはなかった。

パオロの導きにより、ポデット国へ向かった。
ポデット国の魔法使いの家は、断崖絶壁の上にあり、かなり険しい道を上って行かなければならない。

険しい山道を登っていくと、大きな岩が道をふさいでいて、通れない場所があった。岩だと思ってよく見たら、身長10メートルもありそうな人食いトロールが寝転がって寝ていた。きっとこれは起こしたら大変なことになる。国王とお供5人は、こっそり脇を通って先に進もうとすると、お調子者のエンリケがうっかりトロールの足を踏んでしまった。まずい、起きてしまった。

「俺の足を踏んだ奴は誰だ??」

トロールが起きて、一行の前に立ちはだかった。

「おめぇら、ちょうど俺は腹が空いているんだ。ふん、6人か、腹いっぱいにはならねぇが、まあいい。どいつから行こうか」

トロールがまさにエンリケをつかんで口に入れようとした瞬間、パオロが自分が持っていた剣と、エンリケが落とした剣をこすり合わせて「キーキー」と高い音を鳴らした。

その瞬間トロールは「うぅっ」となって、エンリケを離した。
耳をふさいで「やめてくれーーーーー!」と叫んだ。

パオロは「このトロールは、金属がこすれるような高い音が苦手なのです。これを鳴らしながら先へ進みましょう」と言った。

暴れるトロールを横目に、なんとか道をすり抜け、断崖絶壁の上に立つ魔女の城にたどり着いた。

岩でできたその城は、なんとも不気味な感じがした。
入り口に立つと、一羽のカラスが舞い降りて、彼らに話しかけた。

「レオナルド国王ご一行ですね。お待ちしてました」

そういってカラスがひゅん、と飛び立つと、
ギギギ、と錠前が外れ、城の門がゴゴゴゴ・・・と低い音を立てて開いた。

薄暗い城の中に入ると、次々と明かりがついた。
その奥には、小さな少年が、肩にさきほどのカラスを乗せて椅子に座っていた。

「これはこれは国王レオナルド2世。お待ちしてました。」

と言って立ち上がった瞬間、まばゆいばかりの美しい姫に変身した。

お供のデザイナー、ボルサの目が輝いて「美しいわ!」と叫んだ。

するとその瞬間に今度は、醜い老婆に変身した。
ボルサは腰を抜かし、へたりこんだ。

驚く一行に彼女は言った。

「これも仮の姿です。わたしは人の姿によって人を判別することを嫌います。そもそもわたしは身体を持ちません。自由に姿かたちを変えることが出来ます。あなたがたは何をしにこの城にいらしたのですか?」

自国のシンボルとなるもののヒントを集めに来たことを伝えると、ふっと笑った。

「シンボル・・・そんなものが果たして必要でしょうか。わたしがお役に立てることはございません。」といって、今度は鳩に変身し、飛び立ってしまった。

先ほどのカラスが「残念ですが、こちらでご協力できることはないようです。お引き取りください」と言った。

トロールに襲われそうになりながら、命からがらやってきたのに、この城でも収穫がなかったようだ。

肩を落として残念がる国王に、寡黙な賢者イデアは「無駄ではないと思います」と声をかけた。


7.フレイル国の「妖精の森」

気を取り直して、フレイル国に向かうことにした。こちらには妖精が飛び交い、季節の花が咲き乱れる美しい森がある。
 
さらさらと清流が流れる、美しい川にかかる吊り橋を渡ったその先が、フレイル国の妖精の森だ。


羽を付けて楽し気に飛んでいる妖精が、ニコニコこちらを見て手招きしている。歓迎されているのだな、と思い、橋を渡ろうとしたその瞬間、ニコニコと笑顔の妖精が、ふわっと舞い上がり、指先をくるんと振った。

その瞬間、つり橋を支えていたロープが切れた。 
吊り橋は、あっけなくバサーーーっと清流に落ちて行った。
微笑みながらアッサリと橋を切るなんて、とんでもない妖精だ。妖精の森に行ったら生きて帰れないのではないかと恐怖心を覚える。

そもそもこの橋を渡れなければ妖精の森に行けない。
どうしたらよいものか。と困っていたところに、はるか彼方からなにやら、こちらに飛んでくるものが見える。よくよく見るとそれは、ロープの先に鎌をつけて、スパイダーマンのようにロープを使ってヒョイヒョイと移動している。

国王とその一行の前に降り立ったその青年は、ターザンのような男だった。
すらりとした身体なのに、しっかりと筋肉がついている細マッチョな身体で、顔は童顔。まだ幼さが残る笑顔で国王一行に言った。

「お困りの様子だったので、何かお役に立てるかと思ってやってきました。ペンデンス国の評判は聞いております。とても素敵な国ですよね。この国に住む妖精はいたずら好きで、何かと悪さをしてしまうんです。よければわたくしにつかまっていただき、このロープで皆様を一人ずつ橋の向こうにお渡しします」

方向感覚に鋭いパオロは、この男に警戒した様子で国王に進言した。

「この男が何者かもわかりません。この男は、わたしたちを陥れるために来たのかもしれません。下手をすれば我々も谷底に落ちてしまいます。もう引き返したほうがよろしいのではないでしょうか。シンボルなどは国に帰ってからいくらでも考えられます。賢明なご判断を」

国王レオナルド2世は迷った。

しかし、妖精がいかにもわざとらしく我々の渡りたい橋を壊すことも変だと思ったし、目の前に現れた青年の表情は、本当に心配そうな顔で、どうにもウソを言っているとは思えない。

何を信じるか。国王は悩んでいた。

すると、賢人イデアが
「国王の信ずるままに」
と静かに言った。

自分はこの青年を信じたい。
窮地を察して飛んできたのか、何か悪だくみなのかもしれないが、自分はこの青年を信じたいと思った。これは理屈ではなく、もう「カン」だった。

イデアの進言により心を決めて、
この青年に橋渡しを頼むことにした。

青年の名は「ポープ」と言った。


ひとりずつ、この青年の身体につかまって
橋をビューンとロープで渡る。
 
国王もこわごわ青年の身体につかまったが
一瞬で橋の向こうに「ビューン」と渡され、その感覚は恐怖よりも爽快感のほうが勝っていた。

「ありがとう、ポープ。橋がなくなり、どうなるかと思ったが、とても楽しい体験になった。自国に返ったらぜひお礼をしたい。何か欲しいものはあるか?」

するとポープは言った。

「国王、ありがとうございます。実はわたしはペンデント王国に憧れがあります。いまわたしが住むフレイル国では、あなたの国からの来訪者は受け入れられても、あなたの国へ行くことは法律で許されておりません。ぜひともわたしたちをペンデント国に行けるように取り計らっていただけないでしょうか。」

そうだ。ペンデント国は比較的自由で、隣国はもちろん、いろんな国へ行くことが比較的自由だが、他国は、他の国への渡航を制限している国もある。フレイル国は妖精がいることもあり、受け入れはするが、他国への出国を禁じていたのだった。

国王は言った。
「わかった。どこまでできるか分からないが、元首と話してみよう。ペンデンス国で君に会えることを楽しみにしているよ」

こうして無事、妖精の森へたどり着いた国王一行だった。

・・・

おかしい。

橋を切り落した妖精の姿を見たので、そのような妖精たちがいる森を想像していたのだが、「妖精の森」には、妖精らしき姿がない。ただひたすら、美しく、癒しの森だった。

嗅覚がするどいハンクが言った。
「実体は見えませんが、妖精はいます。ただし、さきほどの橋を切って困らせた妖精とは違う香りがします。妖精という生き物ではなく、木の精霊のような、そんなものだと思われます」

「妖精」というものに何か期待をし過ぎていたのかもしれない。
と、国王は思った。

「妖精の森」は、妖精の姿が見えずともそこにある。
息を思い切り吸い込めば、緑の香りがする。
日々、国をよくすることばかりに思いを馳せていた国王は、何か肩の力が入りすぎていたような気がして、ふーーーっと深呼吸をした。

賢人イデアは「ここに来た意味があったようですな」とつぶやいた。

8.ビエネン国の「青い池」

妖精の森、で何か得たものがあったかといえば、あまりなかったような気もするが、次なる国、「ビエネン国」の青い池に向かうことにした。

青い池は、ペンデント国にもその評判は伝わってくるほど美しい池だ。この世のものとは思えないほど美しく、青く輝く池には、その池の中に立つ木々が鏡のように映し出される。

今までの道中で、国のシンボルとなるヒントはいまひとつ得られてないので、国王レオナルド2世は、この池の美しさをもって、今度こそ何かヒントが得られるのではないかと思った。

池への道を進み、あともう5分ほどで池に到着しようとしたとき、さきほどまで青空だった空だったのに、徐々に雨雲がこちらに迫ってきて、池に着いた頃には、空が暗いねずみ色の雲に覆われていた。

案内人のパオロが言った。
「国王、こちらが青い池でございます」

見ると、青いどころか、ただのドブのような池である。

「これが本当にあの青い池か?
なにか場所を間違っているのではないか?」

と国王はパオロに聞いた。

しかしパオロはつづけた。

「国王、こちらが間違いなく、かの青い池でございます。
青い池は、風のない青天のときのみに見られるものでして、
本日はこのような曇天のため、池が濁って見えてしまいます」

わざわざ旅をしてここまで来たというのに、なんということだ。
天気ひとつでこんなにも変わってしまうとは、何のために来たか分からない。

すっかり元気をなくしてしまった国王に、イデアは
「これぞヒントではありますまいか」と声かけた。

イデアが何を言っているのかあまり理解できなかったが、国王は最後の地、ナルティア国に向かうことにした。

9.ナルティア国の「ぐるぐるの渦」

このナルティア国は海峡に面した国で、満潮と干潮の時間に、海に巨大な渦が現れる不思議な現象が起こる。特に大潮の日には、とてつもなく巨大なうずまきになる。それを見たものは自らの心が研ぎ澄まされ、人生観が変わるという。

青い池で残念な思いをした国王は、ぜひともこのナルティア国の不思議なうずを見たいと願っていた。

この不思議なうずは、船に乗って近くまでいくことで観ることが出来る。船着き場まで行くと、また国王を待ち受けるかのように、風が吹き、海は時化て、うずどころではなく、船が出るかも危うい悪天候になっていた。

船長が言った。
「今日は船が出せないかもしれません。かなり危険です。船が転覆する恐れがあります。それでも行かれますか?」

エンリケが言った。
「なんとか船を出せないかい。明日、国に帰らなければならない。その前にどうしてもうずを見たいのだ。」

船長はコクリとうなずき、船のエンジンをかけた。

ブルンブルンと大きな音を立て、船のエンジンがかかった。
立ち込める雲はもうすぐに嵐になりそうな不穏な色をしている。

さきほどから、嗅覚の鋭いハンクが難しい顔をしている。

「ハンク、どうかしたか?」とエンリケが聞いた。

ハンクはやはり難しい顔をしながら
「いや、旅の途中からずっと気になる臭いが付きまとっているのだ。その臭いがずっとこびりついている。もしかしたら船が出れば、その臭いの元が突き止められるかもしれない。」

船は曇天の中、出港した。

ゴウゴウと鳴り響く風の中、激しく揺れる船。うずまきどころではない。

船長が「今日はやはり無理です。引き返しましょう」
といったそのとき、ハンクが言った。

「やはりそうか・・・
パオロ、お前だったのか!」

この旅を先導してきたパオロを指さして言った。

パオロは驚いた顔をして言った。
「何を言っているんだ。何のことだかわからない。気でもふれたのか。」

ハンクは言った。
「ずっと気になっていたのだが、旅が進めば進むほど、なんともいえない悪臭が漂っていたのだ。その臭いの原因がいま、おまえだとわかった。岩で道をふさいだのも、橋が落ちたのも、池での悪天候も、そして今も、おまえの仕業だ。いまハッキリと分かった。お前は腐臭を放っている!」

パオロは目を大きく見開いて言った。

「今さら分かったのか。こんなくだらない旅に意味はないと最初から分かっていた。この無能な国王をうまくだまして旅を終え、ヒントを見つけられずに旅を終え、何も得られずに帰国した暁には、旅の先導役として旅の窮地を救ったわたしが次期国王として推薦されるべきである。だからトロールや妖精、風の妖精を使って道を阻んだのさ」

もはや、今までの聡明なパオロとは違った表情だった。
狼が牙をむいたような、欲望にまみれた顔だった。

イデアが続けた。
「パオロよ、お前の汚れてしまった心は、このナルティア国のうずに洗い流してもらうしか方法がない。お前がもしこの旅に賛同していないなら、この旅を失敗に終わらせることに心を砕くのではなく、それに反対していると国王に伝えればよかったのではないか。国王の切なる思いを、お前の欲望に使ったことは、お前自身の恥だ」

寡黙なイデアは、最初からパオロが何か悪だくみをしていることにうすうす気づいていたのだった。

そしてイデアが持っていた杖を振ると、強烈な風が吹き、パオロをさらっていった。

パオロは「あああーーー!」と叫びながら、海に落ちた。


ちょうど、満潮の時間だった。

10.旅の終わり

パオロが海に落ちた瞬間、今までの曇天がウソのように晴れ、そしてあっと言う間にどこからともなく波が巻いて、大きなうずしおになった。
巨大なうずしおの中にパオロは飲みこまれ、声も姿もかき消された。

国王レオナルド2世は、パオロが裏で糸を引いていたショックと、いま目の前で起こったことに呆然としていた。

しかし、そのショックなどなんでもなかったように、ナルティア国のうずは、巨大なうずを描き、ぐるぐると果てしなく美しいうずを巻いた。

その壮大な景色を見て、国王はイデアをしっかりと見てうなずいた。
イデアも、国王を見て、深くうなずいた。

11.帰還

全ての行程を終え、パオロを失った一行はペンデンス国に戻った。国民は今か今かと国王とそのお供の帰還を待っていて、国境付近からすでに歓声が聞こえた。

国王は自分がいかに国民に愛されているのかを知った。

国をもっとよくしよう、シンボルを作ろう、と野心に燃えて旅に出たが、大事なものはそれではなかった。

ルナール国の「真実の鏡」には、わたしのどこか険しい顔が映し出された。
もしかしたら、よりよくしようと思いすぎて、必死になって大事なものを見過ごしていたのかもしれない。

ポデット国の「魔女の城」でも、似たようなことを言われたではないか。
相手にされなかったのは、わたしが求めていたものを、的外れだと教えてくれていたのだ。

フレイル国の「妖精の森」では、目に見えないものの大事さを、ビエネン国の「青い池」では、絶対的なものが存在しないはかなさを、そしてナルティア国の「ぐるぐるのうず」では、自然が起こす不思議さを、そして人が傲慢になり醜くなった姿を見た。

そして最後に、わたしはこの国で歓迎されていることを知った。

なにか、これ以上にわたしがこの国に求めることはあるだろうか?

平和に、穏やかに、そして個々が大事にされるこの国を
いつくしんで過ごしていけばよいのではないか?

我々が望もうとも、望まなくとも変化は起こる。それにうまく順応し、流れに乗って行けばよいのではないか?

だんだんと国王の顔が希望に満ちた表情に変わった。

12.本当に大事なもの

イデアが言った。
「国王、それでこそわが国王レオナルド2世でございます。あなたはすでに立派な王でございます。我々はあのうずのように、一周回り、そしてひとつ成長したのでございます。旅を終えてこの国を見ると、この国がいかにすばらしいかお分かりになったかと思います。ご覧ください、この素晴らしい国民の表情を。あなたがこの国民を守っていくのです」


国王は、すべてを悟った。これはわたしが味わうべき経験であり、この旅を経たからこそ見えるものがある。余計なものはいらなかったのだ。今ここにあるものを大事にしよう。国のシンボルなんて必要ない。と国王は考えた。

と、そのとき、宮廷デザイナーのボルサが言った。

「しかし国王様、せっかくの旅でしたもの、国のシンボル、国旗はわたくしにデザインをさせていただけませんか?わたし、すばらしいアイデアを思い付いたのですよ」

と言って、ボルサが見せたのは、
真っ白な布の真ん中にうずが描かれた旗だった。

ボルサが言った。
「このペンデント国は、人々がどんな個性でも受け入れてくれる文化があります。だったら旗も、自分色に染めてよいのではないかと思うのです。シンボルとして、ナルティア国のうずを変化の象徴として真ん中に入れました。この旗を各家庭に配り、好きな色に染めても、落書きをしてもよくて、自分なりにアレンジした旗を家に飾ってよいことにしませんか?もちろん国旗としては何色にも染まれる「白」ですが、それを自分色に染めて、取り込むことが出来る、誰でも馴染むことが出来るのです。」

国王はいたく感動した。
「ボルサ、この旅でわたしは何もヒントが得られなかったのではないかと残念な気持ちでいた。だが、君たちお供のおかげで、たくさんのヒントをもらっていたことに気づいた。そして君たちのすばらしさにも気づいた。ぜひ、その案を採用しようではないか。」

こうしてペンデンス国の国旗は、レオナルド2世が新国王になるにあたり改められ、真っ白な布の真ん中に、渦巻きがあり、国民がみな好きな色に染めたり、絵を書き足したりして家に飾ってよいことになった。
 
国民はみな新国王の就任を祝福し、配られた国旗に、新国王への愛のメッセージを書いて家の前に飾ったのだった。

おしまい。


※こちらは、ノベルセラピーで作った話を書き起こした小説です。セラピーワークショップ中に書いたものとは、内容もボリュームも大きく外れましたが、それはそれで良し、というワークショップです。

人が何かを書きだすとき、自分の経験や価値観からしか出てきません。だからこそ第三者を主人公として物語を書き、それを読み返すことで、「自分」を知ることができるのだと思います。

わたしもこれを読み返して、また自分の中から湧き上がってきた感想を書いてみようと思っています。自己発見に最適なツールかもしれません。

ノベルセラピーについて、詳しくはこちらをご覧ください。



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