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たまさか家族/私 (その1 パッチワークな私たち)


2020年3月からの数ヶ月は、誰しも家族の形を見つめ直す機会があったのではないだろうか。コロナ危機の下でのステイホーム/自宅蟄居は、私にとって自分という個人の存在と家族について思いをめぐらす期間であった。
今年の1月から2月にかけて見た3人の美術作家の作品から汲まれたものが、日頃から自身と家族について思うところと重なったので、言葉にしてみようと思う。
その1は、綿引展子さんの《 家族の肖像 / Familenportrait 》

ドイツ在住12年の綿引さんは、ヨーロッパに移り住んだ当初、生活する中でそこここに現れる違いが新鮮で、特にその地に見られる独特の色、色調の存在に気づいたことによって、絵画を中心としていたこれまでとは新しい制作を始めることになる。
「ドイツ人が普通と感じている色の組み合わせは、私の目には新鮮に映った」という言葉には、私も頷く。たしかに今私の住む北ドイツでは、どちらかというと淡いトーンの緑やくすんだ青に薄土色といった、この地の自然と光に近い色が好まれるように思われる。そうして綿引さんは、《ドイツの色》と題して友人から提供された古着をもとに、布のコラージュの制作を始めた。

ドイツで制作を続けるうちに、ドイツ人だけでなく、様々な出自の人々に出会う。折しも移民が大量に押し寄せる。人道的な正しさとは裏腹に、もちろん摩擦も生じる。目に見える多様さに戸惑いは隠せない。見回すと、国籍や出身地が異なるカップルがたくさんいる。そんな彼らの在り方に「違う文化が、多様性を持ち続けながら共存する一つのあり方」をみたという。
そこで制作を始めたのが、《 家族の肖像 / Familenportrait 》のシリーズ。国籍の異なるカップル(異性・同性に関わらず)から古着を譲り受け、彼らの古着をキャンバスにコラージュとして縫い付けたものだ。

Familienportrait、M(日本)+ S(スイス)


例えば、日本人の女性とイラン出身のイギリス国籍の母親とスイス人の父親から生まれたスイス国籍の男性とのカップル。あるいは、韓国人とギリシャ人のカップル、等々。共通の言語も相手の言葉であったり自分の言葉であったり、あるいは在住国の言葉であったり。
国籍や出身を問われた時、はっきりと「何人」と言い切れないような彼らかもしれない。が、綿引さんによれば、その身につけている物から、大きくはないがひそやかにその出自を仄めかす声が聞こえるという。ああ、この人はたしかに懐かしい日本の色、こちらの人はそういえば地中海の香りがする鮮やかな色、といった具合に。

一枚のキャンバスに縫い付けられたいくつもの布切れは、互いの色を主張しながら、抱き合うように寄り添っている。抜け殻のような古着は、キャンバスの上に糸で繫ぎ止められ、元の持ち主の好みの色や柄、着こなし様や肌触りを、綻びや染みとして残った家族としての形を、映しだす。

Familienportrait、K(韓国)+ N(ギリシャ)


ところで近来、”パッチワーク家族”という言葉をよく耳にする様になった。再婚や養子縁組などで家族になった、血縁のみに基づかない家族のその有り様を指すようだ。引いて見ると、綿引さんの《 家族の肖像 / Familenportrait 》から、個人と個人の結びつきから始まるカップルの、家族の最初の状態こそが”パッチワーク家族”なのだということに、はたと膝を打つ。

思い起こせば、初めて子どもを授かった時も、紛れもなく自分が産んだ子でありながら、どこか、天から降ってきた命を成人するまで預かっているような感覚があった。子どもの誕生自体が、類い稀な恩恵であり、理解不能の小さな命への戸惑いは隠せない。幼子を守ること、この世界に生かし留めることへの大きな責任感でのみ生きる毎日は、まるで懸命に一針一針を刺すように、覚束ないものだった。

さらには、私という個人さえも、日本からやって来て、あちらこちらの服を身にまとい、いつの間にか小さな布切れのようのように吹き飛ばされて、ヨーロッパ大陸という大きなキャンバスの上に、なぜかいま偶さかに、身じろぎもせず縫い合わされているのだ。-そしてコロナ禍のもと「ここから動いてはいけない」という命のもとに、自身の家族と密に縫い合わせられていた。
自分の人生の中に唐突とコラージュされた家族という関係。そんな継ぎ接ぎだらけの自分も愛おしい。血の繋がりのあるなし、国籍、出身地の違いは問わずとも、たまたま人生のある時点で出会った相手と築く家族という存在も、私自身も、まぎれもなくパッチワークだ。

子供が成長しつつある今も、一針はやや大きくなったかもしれないが、やはりまだまだパッチワークの作業は続くように思う。これからさらにどんな色の端切れ布が、私たちに舞い込むのだろうか。「ここから動いてはいけない」というコロナ禍の制限から解き放たれて、どこか知らない場所の空気をはらんだ布であればいいと、願っている。



記 2020年7月10日


*全ての画像は、©️ Nobuko Watabiki 無断転載を禁じます。

* 見出し画像は、展覧会:P A R A D I E S  Nobuko Watabiki
1 – 2 February 2020, Goldbekhof Gastatelieir, Hamburg, Germany にて(撮影:Chihiro Wunsch Momonaga )

* 掲載作品は、上から、綿引展子《 家族の肖像 / Familenportrait  M(日本)+ S(スイス)》 2020、布のコラージュ(キャンバスに布、古着)、 180 x 150 cm;綿引展子《 家族の肖像 / Familenportrait  K(韓国)+ N(ギリシャ)》2019、 布のコラージュ(キャンバスに布、古着)、180 x 150 cm
 

* 綿引展子さんのウェブサイト


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