臨床心理学を学ぶことの欠点と、不安定な人にお勧めしたいこと

 精神的に不安定な人に限って、専門に心理学を選ぶというのは、割とよくあることらしい。単純な興味や、将来の仕事を定めて進学するのは悪くない。ただ、中には心理学、特に臨床心理学が重たく感じる人もいる、という事実がある。

 私が大学院にいたころも、途中で具合が悪くなって学校に来なくなってしまう人が出た。私自身、修士の最後はほとんどそれに近い状況になっていた。

 だけど、それまで元気に学校生活を送っていたのに、なぜ臨床心理学を学ぶだけで、気分が落ちがちになるのか。

 この原因として、過去や心理的な問題に焦点を当てる領域が多い、という事実が挙げられると思う。

 人間は「今」この瞬間を生きているのであって、過去に生きているわけではない。わざわざ過去を掘り返して、重たい部分に焦点を当てるのは、人によって、危険な手法になる場合がある。

 内省しがちなタイプの人だと、特にカウンセリングを受けなくても、専門を学ぶにつれて、自分の過去を掘り返してしまう場合がある。ふつうは、だれかの助けを得て行うならともかく、個人で勝手にその状況をつくり出して、それまで受け入れられなかった過去をあっさり受け入れられる、というものでもない。

 生きているこの瞬間に、過去のことを考えるのは、生産的とは言えない。今の自分がどう感じているのか、というその部分が重要なのであって、その原因が過去にある、という部分は説明でしかない。その説明を理解したところで、それはときに怒りにしかならない。自然に思い出してしまうのはともかく、わざわざ意図して掘り返さなくてもいい。

 忘れようとしなくていい。何もしなくていい。
 ありのまま、ただ過去は過去と受け入れて、今に集中したほうが、気持ちが前向きにならないだろうか。

 そのうえで、改めて、自分が今、自分にかけている制限ははずしていくといい。
 もちろん、こんな作業を一人でする必要もない。

 暗いことを考えているときは、肩は凝るし、エネルギーがなくなるし、やる気もなくなる。

 楽しいことを考えているときに、人はそんなに過去に引きずられないし、元気が湧いて、いろんな興味も湧いてくる。

 好きなことは、だれに否定されても、好きでいい。
 こだわることは、だれに何を言われても、こだわっていい。


 明るいファンタジーを読んでみよう。自分と切り離された世界に埋没して、嫌なことを一度、完全に忘れ去ってみよう。

 テンションが上がるもので部屋を満たそう。人によって違うから、私が具体的に何とは言わないけれど。
 私はそのために、大好きな写真をクロスステッチして飾ってみた。
 彼は私と全然違う。ロードレースの自転車関連に興味があるみたいだ。
 私の古い友人は、ある種のぬいぐるみを部屋に集めていた。
 何でもいい。人によって違うはずだから。

 運動してみよう。少し外を歩いたり、ストレッチしたり、スキップするだけでも、気分は変わる。


 未来に希望を持つことも大切だ。
 一つ気づいたことがある。人が集まるのに、何か理由が要るんだろうか。

 今の時代だから、集まりにくいというのは、わからないでもない。だけど、オンラインで話したり、チャットしたり、メッセージを送り合ったりするのに、遠慮する理由なんてない。

 特に理由もなく、共通の趣味もなく、習いごとでもなく、ただ集まるっていうことの大切さに気づいた。

 だって、同じ趣味の仲間と集まってもできないことが、そうじゃないグループの仲間と集まることによって実現するんだから。

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