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Netflix「イカゲーム」考察:本当のクズは誰?

※この記事はネタバレを大いに含みます。まだ視聴していない方はこの先を読まないでください!

はじめに

Netflix独占配信で話題の韓ドラ「イカゲーム」。チラ見したら最後、眠れぬ夜を過ごしている人も多いのではないでしょうか笑

Netflix配信している83カ国すべてで1位を獲得し大ヒットとなっているそう。「愛の不時着」「梨泰院クラス」に続き、今度はまったく異なる“デスゲーム”ジャンルでも、韓ドラの底力を見せつけられましたね。

韓国版「カイジ」などとも言われているらしいですが、実は私、デスゲーム系のコンテンツは苦手でずっと避けており...その辺のところはよくわかりません。

それでも「見てみようかな」と心が動いた理由は、デスゲームジャンルでありながら社会問題を色濃く反映していると聞いたから。

視聴後の印象も、社会派ドラマを見た気がしませんでしたか?

これには、主な登場人物のそれぞれに抱える事情が、広がり続ける格差社会への問題提起そのものだったという点が大きく寄与していると思います。

当記事では、メインキャストの一人ひとりを深堀りながら、「イカゲーム」に込められたメッセージを紐解いていきたいと思います。
※あくまで個人の感想ですので、その点は予めご了承くださいませ。

I-ギフンは「クズ」なのか?

まずは、主人公のソン・ギフンから。

物語の冒頭は、ギフンの荒んだ生活から始まります。

自動車会社をリストラされた後、飲食事業に失敗。妻子には出て行かれ、社債やギャンブルに手を出し多額の借金を背負い、借金取りに追われている......。真面目に働こうなんて気持ちはとうに失せており、年老いた同居の母親の預金にまで手をつけて競馬に出かける始末。

言ってしまえば、社会の底辺に転落した男です。資本主義の価値観で言えば、完全なる負け組。本人も「クズ」を自認しています。

ただこれは学歴偏重&金がモノをいう世の中における彼の評価であり、序列です。

ここが「イカゲーム」の設定の秀逸な点だと思うのですが、頭の良し悪しや金の有無がアドバンテージにならない“子どもの遊び”で勝負をしたら、ピラミッドの頂点に立ったのはギフンでしたね。

彼は過酷な状況下でも決して希望を捨てず、弱者を助け、時には助けられ、誰一人として欺くことも裏切ることもしなかった。(※ビー玉ゲームでボケたフリをしたお爺さんに乗っかりはしましたが、結局騙すには至りませんでしたし)

一方で、現実社会ではピラミッドの上層部にいたはずの医者が臓器売買に加担したり、ソウル大学出身の秀才は弱者を欺き、蹴落とし、殺すことも厭わなかったーー。

「クズ」と呼ばれるべき人間はどちらなのか。

偏った価値観で人間を判断することの愚かさが、非常にうまく描かれていたと思います。

I-サンウの不遜な「エリート意識」

続いて、ギフンの幼なじみであるチョ・サンウ。

彼はソウル大経営学部に首席合格したエリートです。幼少期から「双門洞の秀才」と呼ばれていたサンウですが、務めていた投資会社の金を横領して先物取引に手を出し、莫大な借金を背負ってしまった。

結果としてギフンと同様に底辺へと転落したわけですが......この経緯の設定の違いも秀逸です。

というのもギフンの場合は、そもそもの転落のきっかけが業績不振による会社都合のリストラ。リストラ対象になってしまう程度の社員だったというのはその通りですが、彼の責任というよりは不運が大きいのではないでしょうか。

一方のサンウは、横領です。もともとエリートで高給を得ていたにもかかわらず、欲のために法を犯した。しかもハイリターンを狙ってリスクの高い先物取引に手を出し、失敗した。

幼い頃から神童と崇められて育ったサンウには、「自分は凡人と違う」という過度な自信とエリート意識があったのでしょうね。

そしてこのエリート意識は、ゲームへの取り組み方にも如実に顕れていました。

彼は、集められた456人(これって、コロシって意味......?)のうち、自分以外を鼻から見下していましたよね。

幼なじみのギフンさえもです。

第1ラウンドの「だるまさんが転んだ(※韓国では「ムクゲの花が咲きました」と言うのだそう)」では、かろうじて「前の人間を盾にしろ」とアドバイスしていましたが(このアドバイスも他人を犠牲にするもので残虐ですが...)、第2ラウンドの「カルメ焼き」では、なんとなくアテがついていたにも関わらず、傘を選んだギフンを止めなかった。

ビー玉ゲームでは、自分を慕ってくれていたパキスタン人のアリを卑劣な手口で欺き、ガラス板を渡るゲームでは最後の1枚で迷っていた男を突き落とし、挙げ句の果てには瀕死状態の脱北者・セビョクにとどめを刺した。

もともとは優等生であり、暴力性も攻撃性もなかったはずのサンウが、なぜここまで冷酷になれたのか。

それは「有能な自分が生き残って当然なんだ」という不遜なエリート意識(=優生思想)によるものだったのではないでしょうか。

I-「守るべきモノがある」セビョクの強さ

主要メンバーの中でも異色かつ強烈な存在感を放っていたのがセビョクです。

北朝鮮から弟とともに逃げてきた脱北者で、父親は道中に銃殺され、母親は公安に連れ戻されています。母親をもう一度脱北させようとブローカーに大金を渡したにも関わらず持ち逃げされてしまい、再び家族で暮らすためにも大金を稼がなければならない......という使命を背負っている。

誰にも頼れず、誰のことも信じられない状況下でもセビョクの心が折れなかったのは、施設に預けたままの弟を迎えに行き、母親を韓国に連れてきて、家族3人で暮らす日を夢見ていたからでしょう。

一方、ビー玉ゲームでセビョクとペアを組んだジヨンも、同じように暗い過去を背負っています。

彼女の父親は、母親に暴力を振るい、娘を性虐待していた最低な男。

あげく父親は母親を刺殺する事件を起こし、ジヨンはそんな父親を殺害して刑務所行きに.......。服役後、行くあてのない彼女は居場所を探してデスゲームに参加したと語っていましたね。

セビョクとジヨンは似ています。

社会の底辺に落ちたのは、彼女たちの責によるものではない。セビョクは言ってみれば「国ガチャ」だし、ジヨンは 「親ガチャ」による不運です。

しかし二人には、決定的な違いがありました。

セビョクには守るべき存在がいる。しかしジヨンには、いない。彼女は天涯孤独です。

「ないの。ここを出る理由よ。私にはない。出たら何をするか、ずっと考えてみたんだけど、いくら考えても思い浮かばない」

セビョクとの勝負にわざと負けたジヨンの言った、このセリフの重さ。

人が生きるために必要なモノは希望であり、守るべきモノの存在が人を強くする。

セビョクとジヨンの結末の背景には、そんなメッセージが込められていた気がします。

I-「人生がつまらない」大金持ちの老人

最後に......忘れてはいけないのがゼッケン001番の老人ですね。オ・イルナムという名前が本名だとラストで語っていました。

この老人、そもそもゼッケン001番をつけている時点で「何者だ?」という感じだし、妙に機転が利いたり肚が座っていて、ただモノではない感じはプンプンしていましたけど、まさかの黒幕だったとは!

金貸しをしていて、有り余るほどの財産を持っているらしいこの男。昔は妻と息子とともに路地裏に住んでいたこともあったそうなので、一代で成り上がったということは、かなり悪どい稼ぎ方をしてきたんだろうなと想像できます。

そのせいか、いたはずの妻子の姿も近しい友人も見当たらず、最後は一人寂しく死んでいきましたよね。

「あの金は、君が運と努力で勝ち取ったモノだ。あの金を使う権利がある」

ゲームの勝者となり456億ウォンの大金を手にしたにも関わらず、罪悪感から手をつけられずにいたギフンに、老人が言った言葉です。

成り上がりが言いそうなセリフですよね(笑)。

運と努力で勝ち取ったという表現は間違ってはいない。けれどもその過程で、どれだけの人が踏みにじられ、欺かれ、蹴落とされたか......それらすべてなかったことにして「金を使う権利がある」と言い切るのは、果たして正しいのでしょうか。

この老人が今回のデスゲームの「ホスト」だったわけですが、なぜわざわざ命がけで挑戦者として参加したのか。その理由を、彼はこんな風に語っていました。

「金が全くない者と、金が多すぎる者の共通点が何だかわかるか?人生がつまらないということだ。金があり余っている者は、何を買ったり食べたり飲んだりしても結局はつまらなくなってしまう」

この老人に愛や奉仕の心があったなら、貧しい人たちの救済であったり、恵まれない子どもたちへの寄付であったり、社会貢献活動にお金を使うという発想に向かったのかもしれませんが......彼は、人を信じていなかった。

シーズン1ではそこまで描かれていませんでしたが、おそらく彼自身、貧しく力のなかった時代に、利己主義な人間たちに踏みにじられ、欺かれ、蹴落とされてきた経験があるのではないでしょうか。

利己主義と行き過ぎた富の偏りは、結局誰も幸せにしない。

それにしても、脳腫瘍を患い死期を間近にしてもなおデスゲームのホストになるなどというあまりにも馬鹿げたお金の使い方しかできないとは......。

お金は稼ぐよりも上手に使う方が難しいと言われますが、この老人は稼ぐことばかり考えて有意義な使い方を学ばないまま、身に余る財産を手にしてしまったんでしょうね。

しかもこの老人、数多の人間を踏み台にしてきたせいで人の痛みがまるでわからないらしく「自分は貧乏人にチャンスをあげているんだ」などと考えているフシさえありました。デスゲームを開催かつ参加したのは、自己の悪趣味な娯楽と刺激のためでしかないのに。

老人とギフンが言い争うビルの真下では、凍死しかけた浮浪者が横たわり、何人もがそのそばを素通りしていく......。

雪降る夜のシーンは、イギリス産業革命後の格差社会を描いたと言われるチャールズ・ディケンズの小説「クリスマス・キャロル」へのオマージュのようにも感じられました。

I-最後に...「フロントマン」の謎

ところで、フロントマンが仮面を外した時の衝撃と言ったら!

まさかのイ・ビョンホン!?ずっと仮面なのに、豪華キャストすぎませんか(笑)これはつまり、シーズン2への伏線ですよね!?

ここからは完全に私の推測ですが、ラストシーンで、髪を赤く染めたギフンが搭乗口から引き返したのは.......再びデスゲームに、今度は「スタッフ側」で参戦するためではないでしょうか。

わざわざ髪を赤く染めるシーンを入れたことにも意味を感じるんですよね.....メンコゲームを持ちかけたコン・ユ(これも豪華キャストすぎ!)が冒頭もラストも赤のメンコを持っていたこと、スタッフは赤(というかピンクですが)で統一されていたことと関連性があるようにも思えます。

それに、今回のフロントマンは潜入した刑事の兄で、2015年に行われたデスゲームの優勝者でしたよね。もともとはギフンと同様、挑戦者として参加していたわけです。

もしかすると......彼も最初はギフンと同じように、憤りを抑え切れずスタッフとなったのでは?しかし結局はミイラ取りがミイラになってしまったのではーーなんて、深読みしてしまいました。

ああ、待ち遠しい。シーズン2はよ!です。

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