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【小説】龍のぬいぐるみ

「おはよー」
「アキ、おはー」
「どうよ」
「結構いい感じよ」
「後輩、作ったぬいぐるみみんなでチェンジするもんだと思って楽しみにしてたっぽいぜ」
「はは、かわいそうに」

作っているパンダのぬいぐるみは、ソフトボアの生地を使った1メートル強の大きさの、自信作だ。
実は、市販のぬいぐるみをモデルに、いや、思いっきり複製だ。
実物に合わせて型取りした。
まあ個人的に楽しむ範疇だから問題はないだろう。

放課後、同期のアキがふらりと遊びに来た。
パンダをチクチク縫ってる手元から、アキは洋間を見回して、糸がセットされつつも、日向に鎮座しているミシンを見て言った。

「手縫?」
「そ。ミシンもそこにあるけど、布が伸びるから上手くいかなくて結局手縫」
「後で借りてもいい?」
「はいよー」
「俺、今6体目作ってんだ」
「え、見たい」

白いフェルト生地を、水色の糸で縫った、肘下位のサイズの龍だった。
パステルな糸で飾り縫いされていて、綺麗だし可愛い。

「わ、めっちゃいい。めっちゃ欲しい」
龍はアキが机に置くと、しっかり4本足でたった。
髭がそよいで微笑んだ気がした。

「この髭どうやって浮いてんの?動きそ〜」
「動くよ。」

髭はやはりふわりと靡き、龍が歩くたびに後方に波打つ。

「やば。超可愛い。真剣に欲しい」

なんだか生きてるように思えて、気軽に本人の目の前で「いくら?」何て聞くのは躊躇われた。

「これで会話とか出来たら、一人っ子で兄弟いない家族とかに人気爆発だね。」
「。。。実は、喋る」
「え?」

龍を見つめると、ニコニコしながら
「僕龍、6歳。アキにこの前作ってもらったの」
流暢に自己紹介された。6歳の設定なのか。
「抱っこしてもいい??」

龍は机の上からジャンプするようにこちらに向かってふわりと飛んできた。
触った感じは見た目のままの布地。
暖かいわけでもない。ただ、動いてしゃべる。

可愛くて、抱っこしたまま洋間を歩き回った。
龍も笑ってる。
が、洋間の、ソファーと机で歩くスペースが十分とは言えないなか、同期が持ってきた段ボールの開きっぱなしの蓋部分が、抱っこしていた龍の尾を掠ってしまった。

「いっ、、!」
「!ごめん!ごめんね!」

咄嗟に患部を抑えて、膝の上に龍を乗せて座る。
そっと手を退けると、うっすら白い線が残るくらいの軽傷だった。

「食べないから、補えないんだ。」
「ほんとごめんね、、、」

人間の子供に怪我させてしまったよりも罪悪感が募った。
でも、一緒に暮らせたら、と言う想像は止まらない。

「他にも亀とかあるじゃない」

そばに座っていた祖母が言うと、同期は特段怒った素振りも見せず、淡々と自身と座っているソファーの隙間に詰め込んでいたぬいぐるみを並べ出した。
ピンクのカバ、緑のカエル、青いカメ、、
それでも白い龍が特別に見えて、手放せない。
可愛すぎる。が、
このもはや生き物と一緒に暮らす余裕は、きっとないだろう。

しゃべらないぬいぐるみに対する、放り投げたり、八つ当たりしたり、なんて扱いは多分出来ない。
であれば、きっとペット、いや。
兄弟や自分の子供のような、大事に大事に本人が快適に感じる環境を整えるような扱いになってしまう。

「すごい残念だけど、やっぱアキに返す。」

アキは感情が伺えない表情だ。
龍は大人しくアキとソファーの間の隙間に舞い降りた。

「軽々しく扱えない。し、俺そんなまめに世話できる自信ないから、諦める。」

アキはやはり何も感情が浮かんでいない顔で頷くと、丁寧でも雑でもない動作で、ぬいぐるみをざっくり手荷物にまとめて入れた。


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