📕 読書記録（2024年1月）

📕 1月の読書記録
#多和田葉子 さんの #献灯使 （#地球にちりばめられて も読みました）

元旦の朝日新聞朝刊「縮みゆく社会に希望はあるのか 多和田葉子さんが語る未来の見つめ方」で知ったこの小説。高齢化と人口減少が進む先に予測される、2040年の日本の社会問題を取り上げた記事のなかだった。

「必ずしも年寄りが弱くて子どもが強い、という考えは通用しなくなる。体が元気でも心を病んでいたら動けない。動けない若い人をケアするのは90代かもしれない」

縮みゆく社会に希望はあるのか　多和田葉子さんが語る未来の見つめ方（朝日新聞デジタル）

この言葉にハッとしたのは、自分の置かれている状況に近いものを感じたからだ。数年間で働き方や生活環境が大きく変わり、人と直接会う機会が少なくなった。在宅ワークが基本になり、多くの時間を家のなかで過ごし、日常的な行動範囲も徒歩圏内の場所。目まぐるしく動いていた過去の自分を振り返ると、ひとつのことに没頭したり、集中して取り組む時間が増えた一方で、本来のエネルギーを活かしきれないまま日常が過ぎている感覚を抱くことが増えてきた。人との接触やコミュニケーションが如何に、日々の活力につながっていたか実感する。小さな憤りの積み重ねが、どこか満たされない状態をつくり出し、体力やメンタルヘルスにも影響している気がしている。

私の拠点は山梨県の山間部。外に出ると生き生きと農作業に打ち込む高齢者の姿が目に入る。「みんな、元気だなぁ・・・」と感心してしまう自分。「どんなに身体が元気でも、心が健康でなければ動くことはできない」この言葉は自分の心境と重なって実感とともに胸に響いた。

『献灯使』では「100歳を超えても健康で死ぬことのできない老人」と「身体が衰弱し基本的な機能が退化している少年」といった世代の人物が中心にストーリーが繰り広げられている。

小説を読み進めると、自分が抱いていた「ケアをする側／される側」「だれかを支えること／支えられること」への固定概念がぐらぐらと揺さぶられた。

舞台は鎖国された日本。外国語の使用が禁止され、物資の輸出入も閉ざされている。災害や戦争など、きっと何か大きなことが起きたあとの世の中が描かれているのだろうと想像を巡らすが、それが何年先の未来なのか、なぜ状況は変わってしまったのか、確信的な要素は明らかにされない。

遠く遠い未来にも感じられるし、ひょっとしたら自分が生きているうちに、こうした日常が起こりうるかもしれない。フィクションのはずなのに、恐ろしいくらい現実的な一面も併せ持っていて不気味な感覚が湧き上がってくる。

小説は「ディストピア文学」と称されるように、汚染された環境のなか、体力がなく、服を着替えることさえ困難な少年の様子は痛々しく伝わってくる。ただ、そんな描写のなかにも、環境に順応して発達する心身の機能や、社会の価値観の変容が示唆されていて、不思議と希望も感じられたのが特徴的だった。

例えば、国民の休日は時代に寄り添って名前が見直され「勤労感謝の日」は働きたくても働けない若者を傷つけないために「生きているだけでいいよの日」に。「体育の日」はからだが思うように育たない子どもが悲しまないように「からだの日」に変わっている。

また、食べ物がうまく喉を通らない少年の姿に胸を痛め、思わず目に涙を浮かべる老人に対し、「苦しむ」ことや「可哀想」という気持ちを知らない少年は、反対に老人の辛そうな様子を心配する。少年の世代には物事を「悲観しない」能力が備わっていて、自身に置かれた状況を憐れむことはない。

正しさとは？普通とは？
健康とは？理想の家族関係とは？
優れていると判断する定義は？

小説を読むことで、自分のなかにある価値観が問われていく。

日々激しく変化する社会情勢。もはや人の手に追えないスピードで進行する気候変動。目に見えない変化やその速度にどれだけ柔軟に適応できる能力こそが、この先の時代における「強さ」ではと考えさせられる。想像の及ばない未来を「今」の基準軸で考えると、悲観的なイメージが広がってしまう。もし、まっさらな頭で想像力を働かせることができたら、希望のある姿に変えていけるのかもしれない。

「長く生きていく中で一番大事なのは、満足を感じられるかどうか。これからは自分が他の人に与えながら満足できるかが、大切になってくる」

縮みゆく社会に希望はあるのか　多和田葉子さんが語る未来の見つめ方（朝日新聞デジタル）

「ケア」という言葉から連想するのは「介護」「看護」など医療的なイメージが先行するかもしれない。多和田さんの言葉や、小説での表現を紐解くと「ケア」とは年齢に問わず、「すべての人がすべての人へ与えることができるもの」だと気付かされる。

日々の生活で得られる「満足感」が「生きがい」になる。
それがどんなに大切なことか痛感する。

2040年（あと16年後）には、日本の全人口に占める65歳以上の高齢者の割合が約35%に達すると推計されている。出生率も著しく低下し、地球温暖化の影響も顕著に現れている時代。自分はどこでどのように生きているだろうか。明るさや希望だけではないことは確かだろう。

想像力やユーモアによる小さな発想の転換は、困難な時代を希望のあるものに変えていく可能性がある。そんな視点を持ち続けながら、未来を見つめていきたいと感じた一冊だった。