まるで富士山に登るように [3通目 さーたり・中山交換日記]
本企画「さーたり・中山交換日記」では、漫画家・肝胆膵外科医のさーたりと、作家・大腸外科医の中山祐次郎がお互いに聞きたいことを交換日記形式で聞いていきます。コンテンツの作り手であり、外科医でもある二人の公開往復書簡、3通目の中山からの返信です。
本記事は、さーたり先生からの「『描く』という自己満足の先にあるもの」へのお返事です。
拝啓 日に日に夏めいていく今日このごろ、私のおります福島も暑くなって参りました。過日診療で行きました磐梯山の山麓には、山桜がちょうど咲いていて、都会に住むさーたり先生は今年は桜を見たのだろうかと思ったのです。
ちなみに最後にお会いしたのは2019年1月の対談ではなくて、その後2月の医療関係者のオフ会(ただ健全にお酒を飲み語らう会ですよ)です。
私はただの声のでかい飲んだくれでしたので、実のある話はたぶん何もしていませんが。
さーたり先生、もちろんはっきりと覚えております。対談ののち、昨年2月のちょっとしたオフ会でもお会いしたこと。わたくしは大粗相をしたため、その会の記憶を自分の中で消し去ったのですが、さーたり先生にはバレましたね。
さて、一通目に私はこう問いました。
「さーたり先生、あなたはなぜ描くのですか」と。
医者稼業をやりながら、それも外科医というえげつないスケジュールのしごとをしながら、まばたきをすればあっと過ぎてしまうような余暇に、これまた自らにメスを入れてコンテンツを作るという不思議な人。そんな酔狂な人はそうそういないので、ずっと私は誰にも聞けずにいたのです。
お答えを読みながら、さーたり先生が少しずつ自らの心の深淵に下っていくさまが手に取るようでした。とくに引っかかったのがこのセリフ。
描くことで私は私に浄化されている。救われている。
5年前、私は東京・麻布十番駅前の築48年2DK家賃10万円の畳の部屋で、悶えておりました。書かなければ、表現しなければ、もうこれ以上生きていけない、と。息をするたびに自己がばらばらになりそうで、なんとか自分を一つに繋ぎとめるために、私はMacBook Airのキーボードを叩きました。すべての死にゆく人のために、と言いつつ、私は私のために書いておりました。なぜなのか、この現象がなんなのか、当時は全く理解できませんでした。
「表現は自己救済」という、幻冬舎社長・見城徹さんの言葉を聞いて、私は初めて理解しました。表現することは、自らを救うことだったのだと。さーたり先生もまた、似たような感情をお持ちなのかも知れません。
そして最後にあなたはこう言いました。
中山先生。
私の答えはこれです。
「描くことで誰かと繋がり、心を動かしたい」
これには衝撃を受けました。これは本心ですか。カッコつけていませんか。好感度を気にしていませんか。
私は、書くことで誰かと繋がり、心を動かしたいと思ったことはありません。一ミリも、一マイクロも、いや一ピコも思わないのです(好感度、暴落)。
書くこと(さーたり先生は「描くこと」ですね)で、誰かと繋がれるのでしょうか。同じ景色が見えるのでしょうか。私はそう感じないのです。私にとって書くことは、自分という存在をどんどん削って細くする作業です。100冊くらい本を出したらきっと私は無くなってしまうでしょう。書くことは孤独を深め、閉じこもる殻をさらに分厚くする作業のように感じます。
いえ、もちろん書いたもので誰かの心が動いたとしたら、それはきっととても素敵なことだし、嬉しいと感じますよ(好感度、やや回復)。でも、それは全くもって私の書く動機ではないのです。
私はなぜ書くのか。
私は、これを考える時、富士山登山を思います。登ったこと、あります?
富士山の頂上を目指すには、いくつかのルートがあります。「吉田ルート」など主に4つあり、それ以外にもブル道というブルドーザーが走る道がいくつかあります。こんなふうに、頂上への行き方は色々あります。登る人によってペースも様々です。
書きものの話に戻りますが、もしこの世に「真実」というものがあるとして、たとえば富士山の頂上にあるとする。そうすると、いろんなルートで登山をするように、学問や絵や小説や音楽といういろんなルートで真実にたどりつけるのではないか。そんなふうに考えています。
ですから、私が書く理由は、
真実に近づきたいから
です。どんな手段でもいい。映画を作っても、歌を歌っても、手術をしても。私の場合はたまたまそれが「書く」だっただけです。
え?真実なんてあるのかって?そんなの、頂上に登ってみなければわからないじゃないですか。
なんだか雲をつかむような話になってしまいました。
さて、私から二つ目の質問です。これは前の打ち合わせ通りですが、
「外科医、いつまでやる?」
こ、答えづらー!!これまたさーたり先生の出方を見てみましょう。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
敬具
令和二年五月吉日 中山祐次郎
さーたり先生
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