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長編小説「我ら瓦礫のうえに立つ」

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1995年の阪神淡路大震災を題材にした長編小説です。被災したマンションのその後の3年にわたる復興の物語を綴りました。 [第1部 被災](1)〜(19)、[第2部 復興](1)〜(…
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2024年2月の記事一覧

[第1部 被災](15)

仲裁センターの意見書 7月に入って、ようやく仲裁センターの意見書が出てきた。 「まあとに…

ジェイロウ
8か月前

[第1部 被災](16)

そんな理屈を訊いてるんじゃない 9月20日、我々の任期のどんづまりになってようやくこの「…

ジェイロウ
8か月前

[第1部 被災](17)

震災の状態のままで止まっている 10月、やっと理事会から解放された。まるまる1年、ほとん…

ジェイロウ
8か月前

[第1部 被災](18)

E棟が、あぶない 1997年1月〜3月にかけて、「西宮セントラルハイツ」全住戸を対象にし…

ジェイロウ
8か月前
3

[第1部 被災](19)

我々は一切を白紙に戻します。 夏がきた。 1997年7月27日。この日、理事会は「段階的…

ジェイロウ
8か月前
1

[第2部 復興](1)

一本の電話 7月の終り、夏の夕暮れの光が残る中、僕はいつものように会社の仕事を終えて電車…

ジェイロウ
7か月前
2

[第2部 復興](2)

公開意見書 妻が差し出した紙は、誰かがさっき玄関のポストに放りこんだものだった。 B4の普通紙に「公開意見書」という題で、ワープロ書きされた文章が載っている。内容はマンションのことだった。   公 開 意 見 書 : E 棟 に お 住 み の 皆 様 へ   ご承知のように、先日の臨時総会で理事会が提案した復興案は否決されました。しかし果たして此のままで良いのでしょうか?現状の限りでは当然建替えはできません。さりとて、修復も不可能。何が起こり、何が生まれますでしょう。此の

[第2部 復興](3)

署名運動 お盆休みになった。 月曜日の朝10時。中島さんにチェックしてもらった「E棟集会の…

ジェイロウ
7か月前

[第2部 復興](4)

黒猫とジャズの部屋 月曜と火曜の2日間であっけなく11名の署名が集まると、僕は自転車に乗…

ジェイロウ
7か月前

[第2部 復興](5)

わしらが本気出したらどれほどのものか お盆休みの最後の日、僕は朝からリビングの電話台の前…

ジェイロウ
7か月前
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[第2部 復興](6)

私達が愚かだったのよ その週末の夕方、夙川の河原を散歩していると、(妻が「最近、あなた運…

ジェイロウ
7か月前

[第2部 復興](7)

帰りの阪急電車 8月の下旬、僕の会社に中島さんから電話が入った。 「瀬戸理事長がね、三島…

ジェイロウ
7か月前

[第2部 復興](8)

この署名の持つ意味がわからんのですか? 8月の最後の週、A、D棟の署名が集まってきた。賀来…

ジェイロウ
7か月前
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[第2部 復興](9)

彼の突然の転向 それでも理事会は我々の提案を受け取り、検討する、と一応約束してくれた。瀬戸さんは終始、黙っていた。帰り道、長部さんは絞り出すような声で言った。 「もし理事会が本当に拒否するなら、ワシはやるよ」 「うん、そらここまで来たら、そうせな」と賀来さんもうなずいた。僕は黙っていた。マンションの下で3人それぞれの棟に別れた。夜、皆川さんから電話がかかってきた。 「申し訳ない」と彼は言った。 「三島さん、このままでは終わりません。なんとか良い方向へ持っていきます」 「お願