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書評:『農業大国アメリカで広がる「小さな農業」』

『農業大国アメリカで広がる「小さな農業」進化する産直スタイル「CSA」』門田一徳著、家の光協会

「CSA」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。CSAとは、Community Supported Agricultureの略度で、日本語訳すれば「地域支援型農業」である。河北新報の記者をである著者は、家族とともに米国のCSAが盛んな地域で10ヶ月に渡り、農家や関係者の話を聞き、CSAという農作物の取引方法について詳細にレポートしている。さらに、日本で同様の取り組みをしている先進的農家の事例の紹介や、今後日本でCSAが広まっていくための課題についても提言している。
用語そのものは聞き慣れないが、内容的にはどこか馴染みのあるもので、私たちが口にする農作物のあるべきひとつの取引のかたちと言える。

CSAは、1980年代後半にアメリカの東部で始まったと言われて、小規模農家の経営を支援する仕組みとして拡大してきた。CSAを一言で言えば、「生産者と消費者が小売業者や流通業者を通さずに直接繋がり、継続的に農作物や食材を取引する手法」である。

CSAから農作物を購入したい消費者は、生産者や生産者団体が運営するCSAに会員登録し、週25ドルほどの会費を納める。入会すると、決まった日に生産者から直接農作物が受け取れる仕組みである。受け取りの方法は、農場や教会などの場所で自分が好きな野菜を選ぶ「マーケットスタイル」と、あらかじめ決められた野菜がつまった箱が送られてくる「ボックススタイル」がある。

いま流行りの言葉で言えば、「農産物のサブスクリプション型直販」である。

CSAは徐々に利用者数を拡大させてきており、現在では7,000戸近くの農家がCSAを行っている。一農場あたり平均で400人ほどの会員と契約しており、年間の売上総額が250億円規模の市場になっている。また、同様の取り組みは農作物だけでなく、水産物やパンなどの加工食品にも広がっている。

CSAの特徴として著者は、
・持続的な農場経営を支える仕組み担っており、生産者の利益が確保されている
・新鮮で高品質の食べ物を会員が生産者から直接手に入れられる
の二つを上げている。

農場経営を支える仕組みとしては、農家は作られた作物の全てをCSAで販売するのではなく、ファーマーズマーケットや卸売などと組み合わせている点がある。複数の販売チャネルを確保しておくことで、豊作・不作といった農家にとってのリスクが分散できる。
また、CSAは単なる農作物の販売の場ではなく、消費者と生産者が直接つながる場でもあり、ここでのコミュニケーションを通じて両者の信頼関係が強固なものになっていく。一例として、農家が機材の修繕や新規購入などでまとまった資金が必要な場合、金利や手数料が要求される銀行やクラウドファンドを利用せず、会員や地域の人に支援を呼びかけて資金調達している。これを「コミュニティー支援型ファンディンク」と呼んでいる。

このような消費者と生産者の直接的な結びつきは、CSAの継続率でその強さが見て取れる。アメリカのCSAの平均的な継続率は50%、つまり翌年には半数の会員が解約していることになる。しかし、著者が滞在したニューヨーク州北東部のイサカのCSAは、農場見学や収穫体験などのイベントが積極的に開催され、その結果、70%近くの高い継続率が維持されている。

CSAには、農場に取りに行く方法だけでなく、都市部の会社で受け取る「職場CSA」や、冬も新鮮な野菜が食べたい会員のために農閑散期に開催される「ウインターCSA」などの携帯がある。また、会員に対しても、農作業や食材の受け渡しなど簡易な仕事を手伝ってもらうことで、会費を無料にする制度も備わっている(ワークシェア会員)。

このようにCSAは、小規模生産者の経営の安定化だけでなく、彼らがコミニティーや地域経済への貢献が大きなものがある。オバマ政権でもこの点が重視され、小規模農場支援策を実施した。最近、日本でも「地産地消」という言葉がよく取り交わされて、ネットを活用した直販サービスも広がりつつある。また、かっては「産消提携」といって、CSAと似たような仕組みが試行されたことがある。今後、日本でCSAが定着・拡大するために、著者は適切な消費者教育の必要性をあげている。

私たちが口にする農作物における技術革新は遺伝子組み換えやゲノム編集など目覚ましいものがある。しかし、本当にこのような操作が行われた食品が人体にとって安全なのだろうか。その疑問は常に残る。また、均質な生産物を効率的に生み出すために、大量の農薬や化学肥料が使われている。遠くの生産地から様々な物流網を使って食卓に届けている。自分たちの生活が便利になっているが、このまま地球環境に負荷をかけ続けていいのだろうか。心配になる。このような消費者の疑問や心配に、CSAの採れたての新鮮なオーガニック野菜が安く手に入るというのは魅力的に映るのだろうし、「地産地消」と地元の農家を応援することで、狭い地域の中でお金が流通し、コミュニティーが潤っていく。
このような仕組みがあることで、新規に農業を始めようとする人も増えていくだろう。本書の中で、ある農家の経営指導者は、米国では農業だけの収入で生活が成り立つようになるには、七年かかるという。就業一年目は特に厳しく、売上高も200万いけば良い。

それ以上に、CSAが受け入れられている要因としては、人というのは結局のところ「誰かとつながっていたい」という欲求があるのだろう。都心部への過度な人口集中を食い止め、地方自治体と国・企業が一体となって地域経済を活性化しようとする取り組みを「地域創生」という。CSAというコミュニティーを基盤とした取引形態は、地方創生を成功させる一つの鍵なるのかもしれない。

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