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書評:『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来』

『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来 2020年に激変する国土・GDP・生活 (講談社+α新書)』、窪田新之助著

食の未来について不安を抱かされるとともに、農業でのイノベーションの可能性について期待をもたせてくれる一冊。「食べる」という最も身近な話題でありながら、その食材を供給する農業のことについて実態を知らなかったので、読み進めるうちに「へえー」と驚くことが多かった。

筆者の窪田氏は、もともとは日本農業新聞の記者で現在はフリーランスとして農業分野の最新動向の報道に活躍している。この本の中で筆者は、食に関する世界経済フォーラムの報告書を引用している。それによれば、
・世界人口は2050年までに90億人に達する
・その人口増加により、食料への受給は現在と比べ六割以上増える
・しかし、食料供給に必要な土地や水資源は、地球温暖化などの影響で減少する
・現在の生産能力では、世界人口の半分にしか行き渡らない
と予想されており、農業分野での生産性を向上させるイノベーションの必要性が説かれている。

そのような予想が世界中で共有されている中、日本の食料自給率は37%(令和2年度)と、昭和40年代から半世紀以上に渡って減少を続けており、国家的な課題の一つとなっている。政府は、令和12年までに45%までに回復させることを目標にしている。
しかし、自給率向上の鍵を握る日本の農家は、構造的な問題を抱えている。
そのひとつが、農家の零細化・高齢化だだ。2015年時点で農家の平均年齢は66.4歳となっており、これから多くの農家が廃業する「大量離農」の時代が到来することが危惧されいている。
もうひとつが減反政策だ。当初は政府による生産者からの穀物買い上げの際の赤字抑制のために減反という名目で生産調整と補助金・交付金給付が行われてきた。このため、農家は生産性を改善していこうという経営意欲が失ってしまった。単位あたりの収量という点で、日本の農家は1961年時点では世界5位だったが、2012年には14位までランクを下げている。

しかし、これら憂うべき事態を好機に変えると期待されているのが、農業部門でのIT化である。各種センサー、AI、ビックデータ、ロボットなどの最新テクノロジーは、「アグリテック」と呼ばれている。大量離農によって放棄された土地を集約して、そに最新のアグリテックを導入し、少ない人員数でもより多くの収穫量を得ようという狙いだ。

本書では、最新の農業のIT化の取り組みに関する事例が多く紹介されている。事例の一つは、国内の大手メーカーであるクボタは、収穫時に使うコンバインに二つのセンサーを搭載させている。一つは収穫した穀物のタンパク質や水分を測定する「食味センサー」で、もうひとつは収穫量を測定する「収量センサー」だ。これらのセンサーが集めたデータはクラウド上に保管され、次回の作付けでの収穫量を増やすための情報として活用される。農家の「経験と勘」に頼っていた農業から、統計的なデータに基づく農業への移行だ。

一次産業の農業は、二次産業や三次産業と比べて情報化が遅れており、IT業界にとって最後のフロンティアとみなされてきてた。本書を読んでいよいよIT化が本格化しだしたことが理解できた。著書の中で予想している「大量離農」→「土地集約化」→「IT化による効率化」→「農業生産量の向上」というシナリオの実現を期待するが、全てがこのようにうまくいかと、心配になった。

例えば土地集約に関して、数年前に食品会社のコンサルティングをしたことがあった。その会社は国内で新たな生産拠点を作るために用地選定をしていた。担当の人に話を聞くと、農地というのは先祖代々受け継がれ、所有権が一族の多くの人で共有されることが多い。そのため、用地を譲り受ける際には、全員の承諾を得なければならず、所有者がすでに亡くなっていたり、遠く離れた土地に引っ越していたりと非常に手間のかかる手続きだらしい。

大量離農が起こるのは確実だが、それは一斉にまとまった土地が放棄されることを意味していない。むしろ、くしの歯が抜けるように、年々ぽつぽつと発生するのではないだろうか。何年後かには、まとまった土地に集約できるのかもしれないが、その間はアグリテックの効率化メリットがどこまで発揮されるかが、効果の見極めが難しい。
とはいうものの、この大量離農の流れを逆流させることはできないので、アグリテックのさらなる技術力向上が必要となるだろう。

現在の農業分野での現状や、農業の課題を克服しようと懸命に取り組んでいる農家や企業の様子がまざまざと実感できる一冊です。

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