見出し画像

<閑話休題>なくしたもの、でも、置き土産

もう35年前になる。会社の先輩が、海外出張のお土産として、スイスアーミーナイフの一番小さい4cmくらいのものをくれた。それには、爪やすり、ナイフ、はさみ、ピンセット、爪楊枝が入っていて、爪を短く維持するのに几帳面は私には、ここにある爪やすりが非常に便利だった。

本当は、家の鍵束をまとめているキーホルダーに一緒にしておけばいいのだが、単独で使うことと、飛行機に乗る際のセキュリティーチェックの面倒さなどを考えて、単独で使用していた。ただし、かなり小さいので、10年ほど前に高千穂神社に参拝した際に買った、紺色の小さな勾玉と「高千穂神社」と刻まれた小さな小判が付いた根付けをつけていた。これだけでも、落とした際には結構音がするし、また手から滑り落ちる際に、根付けの紐がレスキューになっていた。

いつも、このアーミーナイフを家の鍵束と一緒に鞄の中に入れているのだが、家に帰って鍵を開ける(ICチップによるもの2ヶ所、高精度の鍵1ヶ所)際に、その鍵束(ただし、赤坂豊川稲荷の交通安全のお札、オールブラックスのキーホルダー、マイアミで買ったスイス・テックの万能キー、そしてキーホルダー用カラビナが付いている)に引っかかってしまうことが数回あった。あるときは、鍵束から地面に落ちてしまい、慌てて拾い、またあるときは鍵束にからまっているのをみて、はがして鞄に入れていた。

ところが、だ。

昨日帰宅したとき、いつもどおりに鍵束を出して、ICチップを2回使い、階段を上り、家のドアを開けた。その際に、何の物音はしなかったと思う。もしかすると、最近多くなった救急車の音で消されたかも知れないが、少なくとも鍵束の感触は変わらなかった。

しかし、家に帰ってから、妙にこのアーミーナイフの存在が気になっていた。いつもより頭の中にイメージが強く浮かんでくる。でも、使う必要が無いので、鞄をチェックすることはせず、今朝いつもどおりに出勤した。家を出て、ICチップを開ける2ヶ所のドアでも、特に異変を感じなかった。そして、出勤後、鞄を開けてみたら、そこにアーミーナイフはなかった。当然、勾玉の根付けもなかった。

念のため、家にいる奥様に電話して探してもらったが、やはりなかった。

亡くしてしまったのだ。思い入れがあっただけに、ちょっと落ち込んだ。

でも、こう考え直すことにした。

僕が海外勤務で最初に住んだNZでは、ラグビーを一緒にやってくれたチームのキャプテン(パシフィックアイランダー系のペンキ屋で、時計をしていないので、いつも僕に時間を聞いてきた)に、高校入学祝いで父に買ってもらったセイコーの時計をあげた。父が「これがいいだろう」と強く勧めてくるので、親孝行な息子である僕はそれに従って買ったものだったが、本心では好みのデザインではないものだったこともあって、ちょうど良いNZとラグビークラブへの置き土産にしたつもりだった。

また、まもなくNZを去ってしまう僕自身の身代わりとして、NZにずっと残って欲しいとの思いもあった。(今思えば、精度の高い自動巻なので、ずっと持っていれば高価で転売できたと思い、少しばかり後悔しているが・・・)

今回、アーミーナイフと勾玉をなくした、今住んでいるルーマニアは、僕にとって最後の海外勤務地になる。最初の土地に時計を残したけど、最後の土地にも何か残したい。たぶん、もう着ないような服や使わない生活雑貨などを捨てて、アパートの使用人に適当に処分してもらうつもりだけど、そのほかに僕の思い入れがあるような品物は、特に想定していなかった。

そこで、考えた。

今、アーミーナイフと勾玉を偶然なくしたけど、きっとルーマニアのどこかにある(誰かが拾って使っているかも知れない)から、これをルーマニアに残した僕の身代わりにしよう。僕の最後の海外勤務地に残した置き土産にしよう、と思った。

そう、考えたら、気持ちが軽くなった。

勾玉よ、僕のルーマニアの人たちへの敬愛する気持ちを、そこから皆に伝えて欲しい。
そして、もし縁があったら、日本の僕の元へ戻ってきておくれ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?