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<閑話休題>コーヒーのCMとフェリーニ

 2024年6月頃、某メーカーの「ボス」というコーヒー飲料(カフェラテ)のペットボトルに入ったものの一つを「イタリアン」と称する、アニメーションのCMが流れていた。そのアニメは、いかにもイタリア風の長閑な雰囲気を出しているのだが、そこに流れるいかにもイタリアの空気を感じさせるのんびりした音楽は、ニーノ・ロータが名匠フェデリコ・フェリーニの傑作『アマルコルド』のために作ったテーマ曲だ。

 この1973年の作品は、日本ではまったくヒットしなかったが、「とても映画らしい映画」というしかない傑作だった(日本でもこのような映画がヒットするようになって欲しいものだ)。私は、たしか名画座で見たと思うのだが、全体に流れるモノローグと表現される映像の数々によって、なにか湖で小舟に揺られているような不思議な感覚になったのを覚えている。特に、リミニ(フェリーニの故郷)の街が霧に包まれたシーン、雪合戦のシーン、海へ豪華客船を見に行くシーン、マドンナであるグラディスカが金持ちと結婚式を挙げ、車で去っていくシーン(ここにロータのテーマ曲が流れる)などが秀逸だった。「これぞ、フェリーニの素晴らしさ」と、つくづく思ったものだ。

 そうしたフェリーニついては、水道橋のアテネフランセ、フィルムセンター、都内の名画座などで、『道』、『魂のジュリエッタ』、『道化師』、『ローマ』、『甘い生活』(掲題画像)、『8 1/2』などを観てきた。残念ながら珍しく日本でも話題になった『カサノヴァ』は未見となっている。それは、私が天邪鬼だからで、世間で話題になるということはフェリーニとしては駄作だと勝手に決めつけているのだが、そのうち機会があれば見てみようと思っている。しかし、フェリーニの最高傑作は、『アマルコルド』と『甘い生活』であることは揺るがない。ここにフェリーニの素晴らしさが全て凝縮されている。

『甘い生活』でアニタ・エグバーグが着ていた衣装(掲題画像のもの)@チネチッタ

 それから、彼の自伝『私は映画だ―夢と回想―』(フィルムアート社1978年)も昔に読んだ。そのうち再読してnoteの<書評>に投稿する予定だが、これを読むとフェリーニの映画に対する考え方や見方がよくわかる。そして、そうやって私なりに理解しているフェリーニのイメージに、前述のCMは合っているかと言えば、やはり「NO」と言わねばならない。

『フェリーニ 私は映画だ』

 ロータの音楽は別として、あのアニメーションのイメージはフェリーニのイタリアではない。あれは、観光ガイドに乗っているような作られたイタリアの、しかも(ピサの斜塔が出てくるが)ナポリあたりの西海岸中部のイメージだ。つまり、ミラノ周辺の北部(フランスに近い)、フィレンツェ周辺の中部(京都のような古都)、ローマとバチカン(正教両方の首都)、ジェノバやヴェネチア(港湾都市)、シチリア島(アラブとギリシア文化の混淆)などが、まったく入っていない。「これは外国人の作った架空のイタリアであって、イタリア人が見るイタリアではない」、とフェリーニは言うことだろう。

 それでも、私が大嫌いなTVCM(子供が無節操に歌って踊って、大声で繰り返し商品名を連呼しているだけ)を無理矢理見せられるよりは、たぶんロータの音楽の良さなのだろう、何かほっとするような気分にさせてくれるため、このCMは、「少しはマシだな」と思った次第。・・・でも、CMの商品を購入するくらいなら、自分でインスタントのカプチーノを作りたい。

(参考)
 どうでも良いけど、フランス語で「カフェとミルク(牛乳)」という意味の「カフェ・オ・レ」はイタリア語では「カフェ・ラッテ」だが、これは泡立てないミルク(牛乳)を使用する。一方、泡立てたミルクを使う飲料は、フランス語の「カフェとクリーム」という意味の「カフェ・クレーム」であり、イタリア語では「カプチーノ」となる。カプチーノの由来は、カプチン修道会の茶色い服、あるいはカップッチョ(頭巾あるいは蓋)からなど様々な説がある由。なお、イタリアではエスプレッソをカフェラテ及びカプチーノに使用しているので、フランスのカフェとは同じコーヒーでも少し違う。

<noteに投稿した映画評やエッセイなどをまとめたものを、アマゾンのキンドル及び紙バージョンで販売しています。宜しくお願いします。>


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