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<クリスマスストーリー2021>GSの出来事

 ダンの今年のクリスマスイブは,貧乏くじを引いてしまったようだ。ブカレストの町外れにあるガソリンスタンドで,学費の足しになると思ってアルバイトをしているのだが,その年のクリスマスイブの当番に運悪く当たってしまったのだ。ただし,これが本当に「運が悪かった」のかは,本人の気持ち次第かも知れないが。

 クリスマスイブは,家族全員で夕食を共にするのが当然なルーマニアの習慣では,さすがに深夜のガソリンスタンドで給油する車は多くない。街はひっそりとして,あちらこちらで騒々しいくらいに輝いている建物や木々を飾る小さいライトの光以外は,普段から想像できないくらいに静かなたたずまいとなっている。

 街には朝から降り出した雪が,しんしんと積もっていた。そして通行量の少ない道路には雪が積もり,さらに車が走るのを妨げるようになっていた。

 そうしたクリスマスの夜に,ダンが店番をしている間,給油に来たのは2台だけだった。最初は,これから市内の実家に向かう遠い地方からきた青年。家族に久々に会える喜びが表情に出ていた。次に来たのは,夜間の警備をするガードマンで,彼はキリスト教徒ではなかったため,クリスマスイブは全く関係ないという風情だった。

 その後しばらくは,誰も,1台も,ダンのいるガソリンスタンドにやってくるものはなかった。やるべき仕事もないダンは,店の中にある小さなTVをつけて,寒さしのぎのココアを飲みながら,チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」を見ていた。最初のパーティの情景を眺めながら,「ああ,俺も子供時代はこうしてプレゼントをもらって,凄く嬉しかったよな」と,ココアを口に付ける度に遠い昔の風景を思い出していた。

 やがて,バレエの物語は進んでいき,最後のネズミ軍団とくるみ割り人形軍団との戦いの場面になったとき,ネズミの王様が倒れる大砲の音に合わせるように,店のドアが「コン,コン」と軽くノックする音が聞こえた。

「誰だろう?こんな時に来るのは,またガードマンかな?」とダンは独り言をつぶやきながら,ノックの音がしたドアを開けた。

 すると,そこには白い髭を伸ばして,年甲斐もなく赤いダウンジャケットを着ている老人が立っていた。その寒そうな姿を見たダンは,「どうぞ」と小さい声を出しながら,老人を店の中に招き入れた。

 その老人は,ダンに向けて軽くお礼の挨拶を返すと,背中の大きなリュックを大きな音を立てながら床に置き,大きく深呼吸する仕草を見せた。
「ありがとう,君は実に親切な青年だね。しかも,皆が休んでいるこのクリスマスイブの夜に,こうしてガソリンスタンドで仕事をしているなんて,実に良いキリスト教徒だ」
 その老人は,まるで自分が聖人君子かキリスト教の聖職者であるような,ちょっと高慢な言葉をダンに向けると,すぐ側にあった赤いパイプ椅子に「よっこらしょ!」と言いながら,腰掛けた。

 ダンは,ちょうどバレエを見ている最中だったので,ちょっと面倒臭いなと思ったが,同時にどっちみちもう物語の終わり近くだから,仕事が入ったのは良いタイミングかも知れないと自分に言い聞かせて,老人の自分に向けた言葉を聞き流すように,言葉を返した。

「ご用件は,なんでしょう?給油?(と言いながら,外を見ると車らしいものはなく,なぜかトナカイと橇が止まっていた。)それとも,ドリンクかスナックでも?」
 ダンは,話している途中で,この老人がちょっと怪しい人物ではないかと思えてきたため,最後の方は小さい声になりながら,いざとなったら逃げられる状況をイメージしていた。

 すると老人は,ダンの心が読めるように,声を上げた。
「何も逃げる心配をすることはないさ。たぶん,私は君にとって,ラッキーな人間だと思うよ」
 と言いながら,
「それよりも,君が飲んでいるココアを一杯,私にも恵んでくれないかね?」
 とずうずしい依頼を,ダンに向けてきた。

 ダンは,生来優しい性格である上に,幸いココアは沢山作っていたので,空いているカップに入れた後,電子レンジで暖め直してからその老人に出した。
「ホッ,ホッ,ホッー。実に気が利いている青年だね。やっぱり私が見たとおりだったよ」
 と言いつつ老人は,実に嬉しそうにダンから出されたココアを,それはそれは美味そうに飲み干した。

「じゃあ,ココアのお礼といってはなんだが,よい子にプレゼントをあげよう!」
 老人は,まるでサンタクロースのような台詞をいいながら,側においた大きなリュックの中に手を伸ばして,あるものを出してきた。

 老人からダンの手に置かれた,そのサンタクロースのプレゼントは,小さなダンに似た人形だった。ダンがその人形に触れた瞬間,なんとその人形はダンと同じ大きさになったばかりか,ダンのロボットのようにして,近くにある店番用の粗末な椅子に座り込んだ。そして,そのロボットは,ダンに「はい,これ」とぶっきらぼうに言いながら,車のキーをごく当たり前のように差し出した。

「4WDだから,雪道でも運転が楽だよ」と,そのロボットは,まるで自動車販売店員のような言葉を言いながら,既に慣れたガソリンスタンドの店員になりきっていた。

 ダンは,嬉しさと驚きを持って老人にお礼を言おうと思ったが,そのときには,もう老人の姿はいなくなっていた。そして,さっきまで外にあったトナカイの引く橇も消えていた。

 ダンは,「よし,これからこの4WDを飛ばして,クリスマスディナーを思い切り食べるぞ!」と叫びながら,雪がしんしんと降り続く店の外に踊り出た。

 クリスマスイブの夜は,もう明ける時間に近かった。

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