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<ラグビー>インドでラグビーをしたよ!

(注:もう20数年前の話です。先日、バングラデシュにいた頃の友人から、懐かしい写真が送られてきたので、昔に書いて、一部の友人に送ったこの文章を今回リライトの上、掲載します。今読んでも、まあまあ面白いかな?と自負しています。)

 2月上旬、仕事でデリーへ出張したところ、私と同じように近隣諸国から来た人が、ばりばりの大阪人で、関西弁の強烈な四方山話をずっと聞かされた晩の、翌日午前4時、マドラス(現チェンナイ)に帰るために慣れない時間に起きた私は、いつもよりは早く1時間遅れで出発したインド航空機に乗った。

 そして、カレーでも目覚めないような、寝ぼけ眼で11時に頃わが家に疲れ果てて辿り着いたら、マドラス駐在の元ラガーマンから電話が来て、「毎週土曜日の午後4時から、YMCAのホッケーグランドでタッチフットをやっているので、来てみませんか?」というお誘いがあった。

 そこで、せっかくのチャンスなので、4時ちょっとすぎに現場へ行ってみた。すると、残念なことに情報をくれた駐在員はいない。しかたなく門番をしているらしいインド人に「ラグビーをしにきたが、どこだ?」と聞くと、「あっちかこっちだろう」と適当な方角を指さした。こいつにこれ以上聞いても無駄だとすぐに悟った私は、それこそ適当にぶらぶらと歩いていくと、グランドの隅に一人スパイクを履いた白人が立っていた。そこで彼に聞いてみると、今度はまともな答えが返ってきて「それなら、チェンナイ(マドラス)チームが向こうで練習している」と教えてくれた。

 教えてもらったとおりに方向へ行ってみると、4~5人の白人に混ざってインド人10数人が、ラインアウトからのオープン攻撃をディフェンスをつけてやっている。一応形にはなっているが、なんともへたくそだし、第一にラインアウトのキャッチングが形になっていない。グランド自体はホッケー用ではなくて、ちゃんとラグビー用のポールが立っている芝の―ただし、アチコチに牛の糞があるけど―立派なグランドで、インド人たちもちゃんとジャージを着て、スパイクを履いている。

 タッチフットよりはけっこうマジにやっているなあと思っていたら、練習がひととおり済んだ後、僕を見つけたポジションで言えばLOのデービスかモルガンというウェールズ系の名前が似合いそうな白人が、ニコニコと僕に話しかけてきた。

 僕が「タッチフットラグビーをやりに来たよ、Oさん(駐在員の名前)って知ってる?」と言うと、僕のオールブラックスの名前があるTシャツを見ながら、「ラグビーできるのか?」と聞くので、「ニュージーランドのクラブの下のレベルでやっていたよ」と言ったら、「じゃあ、ちょうどいい。今日試合があるから、やっていけ」、「ジャージを貸すから着替えてくれ、それから、どこができるんだ?」と畳みかけて言うので、「6,7,8番が好きだよ」と答えたら、「じゃあ、NO.8だ」と話は非常に簡単かつ友好的に決まってしまった。(この瞬間、早くOさんが来て、ちゃんと僕を紹介してくれないかな、と少し心配であったが、、、。)

 しかし、人には心と身体の準備というものがあって、この前の長期休暇で日本に一時帰国したとき、ほぼ毎日のように夜明け近くまで飲んだくれていた僕の身体は、当然にフィットしておらず、試合のアップだけで、まさに文字通りどおりに息が上がってしまった。

 試合自体は、ここの暑さのせいか、20分X4本でやったのだが、相手のマドラス南方にあるフランス総領事館があるフランス人居住地(元植民地)のポンディチェリーチーム(試合中、Donner!―フランス語で「寄こせ!」―と叫んでいた。)は、こちらのチェンナイ(マドラス)チーム同様に、フランス人の白人3~4人を中心に、フランス語を話すインド人でチームを作っていたが、またこちらと同様に、プレーは素人以下だった。

画像は、後日ポンディシェリーに遠征したときのもので、陸上グランドを使用しました。

 第1クオーター、息の上がった身体をだましながら、僕はNO.8の位置で、スクラムの組み方も知らないインド人FLに「このPRのケツに肩をつけて押すんだ!」と言いながら、どうにかラグビーをしていたが、要するにインド人はラグビーを全く知らない。タックル後のボールに僕が飛び込んでも(つまりセービングです)、オーバーしたり(僕の身体を乗り越えてボール確保する)、拾いにくる奴がいなくて、ただ距離をおいてみなボールが出てくるのを待っている。まったく、FWプレーをちゃんとやる奴がいないのだ。

 そんな中で、僕は全然フィットしていない身体と走りで、ポイントに遅れて入ったりして、どうにかプレーをこなした。第1クオーターが終わった後、フィットネスがなくなった(ガス欠)ので、「僕、代わる」とSOをしているオーストラリア代表のマイケル・ライナーに似たドロップキックのうまい白人に言ったら、「お前はCredible―信頼ある―からずっとやれ」と言われたけど、「疲れたので、代わる」とさらに言ったら、控えにいたラグビー経験のない白人が僕と代わってくれた。

 それで、第2、第3クオーターを休んだせいで息が戻ってきた僕は、第4クオーターが始まるまえにLOのようだけどSOをしている白人に、「また、やる」と言ったら、「じゃあ、今うちは1列目をできる奴がいないから、2番か3番をやれ」と言われた。しかし、いざ始まってみると、最初のスクラムでは1番をやらされ、次のマイボールブルクラムではフッカー(2番)をやらされた。

 スクラムは、両チームともに姿勢が高くて弱い組み方なので、全然楽勝だったが、スクラムと言っても、押しがまったくなく、ただ組んでいるだけだった。押していないのにも関わらず、スクラムからボールが出た後のブレイクがもの凄く遅い。フロントローをしている僕は、さすがに何回目には頭にきてしまい「ブレイク!」と思い切り叫んだところ、やっとFWのインド人どもはボールを追って走り出すようになった。

私が入ってから教えたのですが、ずっとこのままです。赤がマドラスチーム。

 しかし、FWがだめなせいか、両チームともにバックスでトライを取りに行くので、自分でスクラムサイドを突いた以外は、アタックのチャンスはなかったのが残念だった。それで、ディフェンスでエンジョイしようと思い、一発気持ちの良いタックルを決めて、インド人をぶちのめそう!と願っていた。そのチャンスはなかなか来なかったが、試合の終盤に、味方バックスのノータックルを抜けてきた相手チームの、インド人WTBを後ろから追いかけて、白いポロシャツ(敵はジャージを着ていなかった!)を両手でつかんだら、「ビリッ!」と思い切り破れてしまった。「ざまあみろ」と僕が思ったが、なんと相手WTBは、たったこれだけのプレーで足が止まってしまい、さらにノッコンまでしていた。「やった」と僕は思って、転がるボールにセービングにいったら、案の定味方が誰も来ない。それで自分で拾ってから、近くにいた白人にパスした。

 結局、試合は10-14で負けてしまったが、試合が終わった後「パーティがあるから、来ないか?」と言ってきたLOだがSOをプレーしている白人に、とりあえず最初だけは遠慮しようと思って(だって、SHをやっていた20代の白人の兄ちゃんは、人見知りして、僕と話そうともしてくれなかったので)、「用事があるから、また来週」と断って帰ることにした。そしたら、そのLOだがSOの白人は、「お前はCredible―信頼ある―から、これからも来いよ」とまた言ってくれて、ラグビーで褒められたことがあまりなかったので、ちょっと嬉しかった。(白人は褒めるのがうまいと思う。)

 インドというスポーツ不毛の地で、アトランタや長野のオリンピック中継すら全くしないこのインドで、久しぶりに(日本で少しやって以来)、7年ぶりにラグビーができたのは、幸運だったと思う。これからは、大嫌いなインド人どもをたくさんいじめるために、がんがんアタックやタックルをして、インド生活のストレスを発散させていきたい、です!

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