見出し画像

銭湯採集② 煙突形状について(1) 円柱型煙突

 こどものとも社の絵本に「おふろやさん」という本がある。この絵本に出てくる銭湯は、母屋の大きな破風と妻入の建築、玄関の唐破風屋根、浴室内のペンキ絵と典型的な東京型の銭湯の形を今に伝えている。

 この本についてはいずれまた述べるとして、まずこの本の表紙に注目すると、銭湯の裏手から太い煙突が伸びている様子が見て取れる。ご丁寧に舞台の銭湯の屋号「亀の湯」の表記までがなされている。
まずは「煙突」の中でも、この本にも出てくる円柱型煙突について書く。

 銭湯煙突には、格子上に補助材が組まれたスチール製のものから、ビルに内接した形のものまで様々あるが、円柱型は銭湯煙突の中でも最も古く、且つオーソドックスなものである。
調査範囲銭湯146軒(2021.1現在)の中の47軒を占めていた。
 先述した絵本「おふろやさん」でもそうであったが、ジブリアニメ「千と千尋の神隠し」の油屋にも、この円柱型煙突が描かれている。このアニメのモデルとなった箱根の富士屋ホテルには、つい最近までこの円柱型煙突が残っていた(トップの写真)。

 銭湯の煙突は、街のランドマークであった。戦前は、銭湯の煙突の高さは75尺(23m)と定められていたので、現在でも円柱型煙突の多くはこの高さである。
 その昔、街に高層建築が少なかった頃は、銭湯の煙突だけが屹立し、その存在感は確固たるものだったに違いない。遠くからもくもくと煙をあげている煙突を見つければ、そこの麓には銭湯があったのである。

 円柱型煙突と単に言っても、タイプとしては何タイプか存在する。恐らく煙突界の中でも長老に当たるのが、コンクリート製の煙突である。

 各地の銭湯を見てきたが、案外コンクリ製の煙突がそのまま残っていることは少ない。東京の銭湯ではほとんど見ることがなく、京都の銭湯では散見されたほどである。
写真はいずれも京都の銭湯(左:錦生湯、右:東山湯)であるが、この他にも京都では錦湯、船岡温泉などでコンクリ製煙突が見られた。

 コンクリ製は無論丈夫ではあるが、側面に亀裂が生じるなどの経年劣化が生じる。それの補強も兼ねているのが、東京銭湯の多くで見られるスチール巻きのタイプである。

 よく見ると横方向に線が入っているのがこのタイプで、スチール巻きを段重ねしているため生じているものである。東京銭湯の円柱型煙突は、ほぼこのタイプである。だが、いずれにしてもスチール式に比べると重量があるため、近年建設の銭湯ではほとんど見られない。

 そして円柱型煙突は、ランドマークであり広告塔でもあった。スチール製の細い煙突は、煙突側面に文字を表すのは困難であるが、円柱型の太い煙突であれば屋号などを記載することができる。円柱型煙突を持っている銭湯の多くは、このように銭湯屋号を明記している。

 また銭湯屋号を明記している中でも、関西圏の銭湯を中心に共通したフォントで書かれているのが特徴である。最上部にお湯マーク、続いて白ぶち黒抜き配色で独特のゴシック体で書かれた煙突が、関西圏の銭湯で散見される。上は京都、下左は奈良、下右は大阪の銭湯だが、いずれも共通しているのが特徴的であり、関東では見られない点である。

 もちろん明記するのは屋号だけに限る必要はない。「サウナ」「露天風呂」などの売り文句を記載し、他の銭湯との差別化を図る銭湯も多い。中野の「昭和浴場」では、店主がマジシャンということもあり、銭湯屋号でも設備でもなく「マジック温泉」と書いてあるのが面白い。

 また円柱型でも形状に特徴があるものもある。一例としては、天頂部がライトアップされたもの(高円寺「なみのゆ」)、上部に笠がついたもの(上田の廃業銭湯)、先端部分だけが細くなったもの(三軒茶屋「弘善湯」、田無「松の湯」)などがあった。地域性もあるのかもしれないが、「なみのゆ」のように鯉のぼりをかけたりするのは、その地域での話題性や愛着醸成にもつながるかもしれない。

 だがボイラーの改良や、都市部における周辺地域への煙害の影響により、そもそも煙突自体が不要となり、煙突のある銭湯風景は数を減らしてきている。
 そんな中散見されるのが、元々あった煙突を途中で切り、短縮したものである。調査範囲銭湯146軒(2021.1現在)の中の10軒、いずれも東京都内である。

 元々円柱型煙突を持っていた、比較的古い時代からあった銭湯であることは間違いないが、銭湯開業後に周辺の開発が進んだエリアに多いことが伺える。特に、杉並、中野の銭湯では複数見られるが、これも宅地化やマンション建設などにより、煙害の影響などが出てきたためではないかと思われる。

 周辺の住民からすると、モクモクと煙をあげる銭湯はいささか迷惑に感じることもあるかもしれないが、銭湯利用者側から見ると、今日も営業している、薪など火を焚いて沸かしていることが分かり、一種の安心感を覚える風景である。
 数は減らしつつあるが、空を見上げて煙突を探しつつ、銭湯訪問を続けていきたい。

それでは、良き湯時間-yujikan-を。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?