メロンパンと幾百十のカナザワ君【再掲】
基本的にあまりパンは好きではないのだが、朝食の場合はなんとなく菓子パンを選ぶことが多い。
寝起きの胃とテンションの具合から、すみやかにカロリーと糖分を補給するのに丁度いいという至極消極的な理由からである。
なので、基本的にこだわりのようなものもなく、コンビニやスーパーで適当に目についた菓子パンを買ってストックしている。
しばらく前の朝のこと。
家を出るとき適当に手に取ったのは、いずこかで買ったメロンパンだった。時間は遅刻ギリギリである。褒められたものではないが、駅への道すがら急いで封を開けかじりつくと、これが存外おいしい。
ほどよくしっとりしていて、一瞬で口中の水分を奪う珪藻土ばりの吸水力もない。なにより中には爽やかな風味のクリームが入っており、実際にメロン果肉を使っているとのことだった。
メロンパンといえばパサパサのクッキー、という時代は終わったのか。僅かな感動を覚え、買った店もメーカーも全くチェックしていなかったことを僅かに後悔する。
でもどうせなら、もう少しメロン感が強くても良かったかな。コスト的な問題もあるだろうが、こと食に対するこの国の技術革新と執念はすさまじい。メロン入りの、まさに正しいメロンパンが当たり前になれば個人的には嬉しいなと、珍しくそんなことを思いつつ食べ進め、少し胃のもたれを感じつつ駅に向かったのだった。
▽
と、その時、ふと思う。「“メロンパン”にメロンが入っている」というのは、ある意味当然っぽく聞こえる内容だ。なのに、そこに斬新さを感じてしまうのは何故だろう。
おそらくは、「メロンパンにはメロンが入っていない」ということがあまりにベタな話として定着しすぎているからである。
「メロンが入っていないのに何故メロンパンなのか」なんてことは、たわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、それでも現代にいたるまで、(恐らくおもに小学生くらいの間で)浮かんでは消え浮かんでは消え、脈々と口端に上り続けている話には違いない。
おそらくそれとセット販売されているワードは、「たい焼きには鯛が入っていない」、「でもタコ焼きにはタコが入っている」、みたいなところではなかろうか。
いずれにせよ普遍的あるあるネタであり、僕も小学生時代、同級生のカナザワ君からそのような話を振られた記憶がある。
僕自身そこは小学生の浅知恵なので、なるほど興味深い矛盾である、などと真剣に考えたような気がするが、当然もとより建設的な内容になど発展しようもない話だ。
最終的には「知らないの?メロンパンのメロンって、果物のメロンのことじゃなくて…」などと求められてもいない正論を振りかざす薀蓄バカが介入してきたあたりでひとくだり終了と相成るのが関の山であった。
こうして人は大人になり、メロンパンの来歴への興味など失っていくわけなのだが、さて、この話題は実際のところ、どの程度普遍的なものなのだろう。
全国津々浦々の小学校に、メロンパン問題の提唱者、第二第三のカナザワ君は存在していたのだろうか。(ついでに薀蓄を語りたがるナカヤマ君も)
などとぼんやりしていると、登校する小学生の集団が騒がしく僕を追い越して行った。あの中にも、カナザワ君はいるのだろうか。
▽
駅のエスカレーターを上りつつ、考える。
今にして思えば、正直メロンパンの由来などどうでもいい。まじで。
ただひとつ思い返し、気になることがあるとすれば…その話題を振ってきたときの、カナザワ君(当時10歳)の自信ありげな表情である。
そのときの彼からは、「他の誰もが気付かない世の矛盾に、俺だけが到達した」という自信と自負が見て取れた(ように僕は感じた)。
人は誰しも「唯一無二」に憧れを持つ。そして、そうありたいと思う。
それほど大げさな話ではなくとも、人は発達の中で少なからず、「常識を疑い、物事を斜めから見たい」という欲求を持つ段階があるのだろう。
その結果多くの子供が行きつくのが、メロンパンの謎というわけだ。
しかし、だとすれば非常に恐ろしいことではないか?と僕は思ってしまう。
人とは違う目線で、自分だけの見方を得たつもりのものが、「あるあるネタ」なのである。
奇をてらってひねったつもりが、みんな同じ方向にひねっているのである。
唯一無二、人と違わなければ意味がない、そういう思いに目覚めることが、結果的に凡百の人間への第一歩になっているのである。
これほどの恐怖があるだろうか。
僕自身、いまだに思春期を拗らせたような性格をしている自覚もあるし、まがりなりにも演劇というものに関わっているからには、やはり「自分なりの目線・自分だけの世界観」みたいなものに憧れはある。
が。
ならば問おう。
そう思う今の自分が、当時のカナザワ君とは違うのだと、なぜ言い切れる!
自分なりに頑張って発信しているつもりのものが、「あいつベタなこと自信満々に言いよんな」と思われているんじゃないのか!
「お前の思考が人より優れていると、いつから錯覚していた?」
「お前は斜に構えているつもりかもしれないが、端からきれいに舗装されたカーブを、行列に沿って曲がっているに過ぎない」
「お前の才能などしょせん……
うるさいだまれ!
自分を罵倒する食べかけのメロンパンの声が、耳を塞いでも聞こえてくる。
もう駄目だ。あらゆることが自分の浅薄さを露呈する気がして、もう今後何ひとつ言葉なんて発せない。
改めて言っておくが元々さほどパンは好きではない。たかがメロンパンごときに、なぜ自分の存在意義みたいなものを揺さぶられねばならないのか!と謎の怒りさえ沸いてきた。
僕はただ駅でメロンパンを食べていただけなのだ。
こんなところで屈するものか。
▽
運良く鳴り響いた発車ベルで我に返り、足早にホームに向かう。キオスクでは、さきほど見た小学生の一人がランチパックを買っていた。
やっぱ朝はパン派の人多いね。
ひとまず僕はもう、手元にあるメロンパンを再度買いに行くことはないだろう。そう思ったのだった。
次は、カスタードが苦手な僕でも食べられるクリームパンの開発を、切に願う。
いや。やっぱいいか。
そうまでして食べたいものではない。
パン食べるならハンバーガーがいいや。
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