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カネヴィンフレームワーク(Cynefin Framework)――「カネヴィンとリーダーシップ」ハーバード・ビジネス・レビュー巻頭掲載(2007年)、米国経営学会「ベスト・プラクティショナー・ペーパー」受賞

カネヴィンフレームワークとは、デイヴ・スノーデンが開発した"複雑で不確実な状況における効果的な意思決定"と"センスメイキング"を可能にするフレームワークです。

カネヴィンフレームワークは、現実の複雑さを観察し、その度合いや種類に応じて思考や行動を変えることの重要性を教えてくれます。

今回は、田村洋一著『CREATIVE DECISION MAKING 意思決定の地図とコンパス』【第6章 複雑さの地図 カネヴィン思考】より抜粋し、カネヴィンフレームワークをご紹介します。

複雑さの地図 カネヴィン思考


私たちは世界をありのままに見ず、わがままに見ている。
――アナイス・ニン

 クリエイティブな意思決定の基本は、目的地と出発点を含む地図を描き、方角を指し示すコンパスを持つことだった。コンパスとは自分が守りたい価値や増やしたい価値の階層であり、出発点は今の現実、目的地は自分が創り出したい成果のビジョンである。
 しかし私たちの生きる社会は複雑で、現実を見極めるのは必ずしも容易くない。さまざまな不確実性や複雑さを含んでいて、私たちは現実の客観視からスタートしなくてはならない。
 本章では、複雑さを読み解く地図としてのカネヴィンフレームワークを紹介する。カネヴィンフレームワークは、しばしば不可解な現実の中に意味を見出し、私たちの意思決定を強力にサポートしてくれる。

複雑さを観察するための新しいフレームワーク

 クリエイティブな意思決定の出発点は今の現実である。しかし今の現実そのものがよく見えない、複雑すぎて把握しきれない、不確実なことばかりで先のことがわからない、ということが多い。
「複雑で不確実な状況に置かれた人や組織は、どうやって創造的で長続きする変化を実現できるのだろうか」
 私がカネヴィンフレームワークに出会ったときの問題意識はこれである。
 2005年9月にウィーンで開催された第2回組織学習学会カンファレンスで初めてカネヴィンフレームワークを知ることになった。
 それまで私は複雑なシステムを解明するアプローチとして知られるシステム思考(システムダイナミクス)を学び、私の本業である組織開発や人材育成・リーダーシップ開発に活かそうとしていた。
 ジェイ・フォレスターの創始したシステム思考は素晴らしい方法論だ。工学をバックグラウンドにして複雑な世界を分析し、因果の連鎖を目に見える地図に変えていくツール群を発展させている。
 しかし教室や教科書で学ぶシステム論が、現場や職場で使えない。アカデミックな学びが実際に活かせない。そういう不満の声を聞くことが多い。
 もともと私の関心は学校や教室の中での学びではなく、現実の世界を良いものに変えていくための学びにあった。だから長い時間をかけて難しい理論を学んだのに現実に応用できないでいる人たちを見るのが歯痒かった。
 ところが、カネヴィンフレームワークは、現実の複雑さをよく観察し、その複雑さの度合いや種類に応じて思考や行動を変えることを教えてくれた。場に応じて意思決定の仕方を変えたほうがいい。
 カネヴィンフレームワークはアカデミックな複雑系の理論と、実用的な経営の現場との間に、見事な橋をかけてくれたのである。
 この新しいフレームワークを用いた思考法のことを「カネヴィン思考」と呼ぶことにする。
 カネヴィンとはどういう意味なのか、そしてカネヴィン思考によってクリエイティブな意思決定がどう可能になるのかについて詳しく見ていきたい。

「今どこにいるのか」私たちはわかっていない

 カネヴィンとはウェールズ語で、私たちの生息する居場所のことを指す。このフレームワークを開発し、自ら命名したデイヴ・スノーデン(ウェールズ出身)に聞くと、もともとは日本の野中郁次郎氏によるSECI(セキ)モデル(場の理論)に触発されたのだという。
 私たちは自分のまわりで何が起こっているのか、わかっていないことが多い。
 わかっていないにもかかわらず、わかっているつもりで意思決定し、わかっているつもりで行動してしまう。無知の無自覚が意思決定を狂わせる元凶だ。
 わかりやすい極端な例を挙げよう。
 歴史に前例のない先の見えない状況で、「自分の経験から、こういうときは思い切って前に進むのがいい」と言って無鉄砲にリスクをとってしまう冒険者たち。
 逆に同じ状況で、「どんなリスクがあるのか調べ尽くして徹底的に分析してからでなければ決定できない」と分析過剰症候群に陥る分析家たち。
 あるいは、新しい事業・製品・サービスを開発しているときに、「ベストプラクティスに従って計画しろ」「いつペイオフするのか数値化しろ」「失敗しないように実行しろ」などと既存の事業・製品・サービスに対する基準を強要する経営者たち。
 あるいは、専門家を雇って分析すれば方法が判明する状況なのに、自分たちだけで試行錯誤を重ね、釣り合わない資金や時間を投入してしまう起業家たち。
 これらは全て、今の状況がわかっていないのに、わかっていると思い込んでいるために起こっている錯誤である。
 デイヴ・スノーデンは、「コースに合ったホースを」(horses for the courses)という英語の諺(ことわざ)の教える知恵こそがカネヴィンフレームワークの眼目だと言う。乾いた地面を走るのが得意な馬もいれば、湿った地面を走るのが得意な馬もいる。人にも道具にも得意不得意がある。
 つまり、今いる場所(カネヴィン)がどんな場所なのか、その場所に見合った思考法・意思決定方法はどうあるべきなのか、を知ることができれば、私たちは適材適所の「馬」を活用することができるのだ。
 カネヴィン思考の第一歩は、意思決定しようとしている自分が「今どこにいるのかを知らない」と自覚することである。
 ここからカネヴィンフレームワークの5つの領域を詳しく見ていこう。

複雑さには種類があって、読み解くことができる

 スタート地点では、まだ自分が「今どこにいるか」をわかっていない。現在地は「謎」である。あるいは混乱しているかもしれない。
 そこで今いる場所をよく観察すると、もしかしたらそこは因果関係が明白で、自明で、単純な場所かもしれない。もしそうであれば、そこはカネヴィン用語で言う明白系(明白なシステム)である。
 明白系においては、よく見れば何をすべきかわかる。決まったやり方やベストプラクティスが存在する。標準的な手続きに従って正しく決定すればいい。
 例を挙げると、レシピを見て簡単な料理をつくるようなケースだ。
 もう大昔のことだが、家でチャーハンをつくって長男に食べさせたとき、「おとうさん、チャーハンのつくり方をネットで調べたほうがいいよ」と言われたことがある。私はなんとなく自分の感覚でご飯を炒めたのだが、チャーハンの炒め方だったらレシピがあって、火の使い方や調味料の使い方が書いてある。レシピに従って順序正しく調理したほうがうまくできるというわけだ。実際、レシピを参照して炒めただけで相当マシなチャーハンをつくることができた。
 一方、観察してもよくわからず、専門家が見ればわかるというケースもある。そこでは因果関係が煩雑で、込み入っており、簡単にはわからないが、専門技術や分析によって正確に読み解くことができる領域だ。もしそうであれば、そこはカネヴィン用語で言う煩雑系(煩雑なシステム)である。
 たとえていうと、レントゲン写真やMRI検査の画像である。
 煩雑系では分析や専門家を使うのがポイントである。もし自分が専門家なら、必要なデータさえあれば正しい判断を下すことができる。もし自分が専門家でないなら、専門家に依頼して正しい判断を下すことができる。分析もせず、専門知識もなしに、自力で正解にたどり着くのは難しいが、因果関係に再現性があり、何らかの正解が存在する領域である。
 次に、分析や専門家では解答を導き出せない複雑さがある。因果関係に再現性がない状況である。全く体験したことのない新しい状況で、これまでの知識や経験則が役に立たないばかりか、むしろ足枷になる。因果関係は事後的に分析できても、そのときリアルタイムには判断できない。もしそうなら、そこは複合系(複合的なシステム)である。
 私たちの仕事や人生におけるさまざまな状況が複合系に当てはまる。複合系には正解が存在しない。実験や試行錯誤によって私たち自身が新しい知識を発見し、新しい答えを創り出していかなくてはならない。
 最後に、因果関係がまるで不明でランダムな状況がカオス、混沌系(混沌としたシステム)である。
 混沌系は、多くの場合、意に反して到来する。突然の天変地異、テロや戦争、あるいはまるで戦場のような極度の混乱、秩序の崩壊である。
 企業組織が官僚的になり、大企業病にかかり、あたかも全てが既存のルールで動いているかのように硬直化すると、環境に適合していないことに無自覚になり、突然破綻することがある。組織の外部環境が変化しているのに、組織の内部がそれに応じた変化をしておらず、危機に陥るのだ。これは混沌系の例である。
 混沌系は多くの場合、秩序を喪失した危機状態であり、危険な領域だ。しかし危機は(よく言われるように)潜在的な機会でもある。破壊によって失われるものがあると同時に、新たなチャンスが訪れていることも多い。
 また、混沌系は意図的に利用することもできる。新しいシステムを構築したいのに古いシステムが居座っていて、変化を起こすのが難しいとき、戦略的にカオスを歓迎し、新しい秩序の構築を図るケースである。
 以上、カネヴィンフレームワークにおける5つの領域を駆け足で紹介した。
 謎・混乱(Aporetic/Confused)、続いて明白系(Clear Systems)・煩雑系(Complicated Systems)・複合系(Complex Systems)・混沌系(Chaotic Systems)の4つの系である。

「コースに合ったホースを」の精神で見るなら、「今どこにいるのか」を見極めることによって、私たちは意思決定や行動をより効果的に選択できるようになる。
「今どこにいるのか」を見極めず、自分の思い込みで領域(カネヴィン)をわかったつもりでいるのは危険である。ひとつの領域で有効な行動が、別の領域では命取りになりかねないからである。

自分の居場所を確かめ、アプローチを変える

 カネヴィン思考によって複雑な状況を理解し、クリエイティブな意思決定を下すことが可能になる。それだけでなく、私たちがすでに手にしているツールやメソッドを、的確に活用することもできるようになる。「コースに合ったホースを」使えるようになるのだ。
 私たちの世界は常に複雑さや不確実性に覆われている。安定した秩序的な世界で有効なアプローチが、不安定で非秩序的な世界では逆効果になる。
 前述の通り、私たちは当初から自分の居場所(カネヴィン)を正確に知っているわけではない。自分の馴染みの場所にいると思い込んでいるだけかもしれない。そこでカネヴィンフレームワークを使って状況を見極めることが役に立つのだ。
 自分が今どの系にいるのかどうやってわかるのだろうか。新しい状況に直面したとき立ち止まって確かめてみよう。カネヴィンフレームワークの4つの系の特徴を対比する。

 明白系 ―― 原因と結果のパターンが誰の目にも明白で、再現性がある。
 煩雑系 ―― 誰の目にも明白ではなく、調査や分析によって理解できる。
 複合系 ―― 因果関係が複雑で、後知恵でしか理解することができない。
 混沌系 ―― 因果関係は解明不可能で、危険で、長居する場所ではない。

 4つの系における有効なアプローチを対比してみる。

 明白系 ―― ベストプラクティス。標準的ルール。マニュアル。実行する。
 煩雑系 ―― 専門家に相談。調べて分析する。プロジェクト管理。PDCA。
 複合系 ―― 直観的なアクション。試行錯誤。セイフフェイルな探索実験。
 混沌系 ―― 即断即決。ダメージコントロール。秩序回復。複合系に移行。
『不確実な世界を確実に生きる カネヴィンフレームワーク入門』第1章参照)

 この4つの系の違い、特に複合系をしっかり理解しておきたい。
 フレームワークの右側に位置する明白系・煩雑系は、ともに秩序が安定していて因果関係を理解できる。このふたつの系を「秩序系(Ordered Systems)」と呼ぶ。
 左側に位置する複合系・混沌系は、ともに秩序が不安定で因果関係を理解することが困難または不可能だ。このふたつの系をまとめて「非秩序系(Unordered Systems)」と呼ぶ。

 秩序系と非秩序系の大きな違いをハイライトし、意思決定におけるポイントを理解しておこう。
 経営コンサルタントの河瀬誠氏は、企業におけるオペレーションとイノベーションとを区別し、オペレーションの考え方でイノベーションは不可能だ、と断言する。
 これは当然である。そしてビジネスにおけるオペレーションとイノベーションの違いを理解すると、それは秩序系(明白系と煩雑系)と非秩序系(複合系と混沌系)の区別を理解することにもつながるから、ここで少し詳しく説明する。

複合系で「間違い」は必至であるばかりか有益

 オペレーションにおいて失敗はゼロに近づけるべきものだ。ミスを犯さないように正確に計算し、エラーが起こらないように手続きを機械化し、間違いのないように仕事を管理する。もし失敗があったら必ず振り返って分析し、失敗から学習し、今後は二度と同じ失敗を繰り返さないようにする。
 明白系・煩雑系しか知らない人たちは、世界はこのようなものだと思い込み、仕事とは失敗しないようにするものだと信じ込んでいる。
 しかし複合系は全く違う。非秩序系である複合系には再現性がない。そして複合系こそイノベーションの生まれる場所である。
 イノベーションとは「失敗」の連続だ。次々と新たな試みを行い、次々と失敗を重ねる。因果関係は繰り返さず、失敗を避けることはできない。それどころか、積極的に「失敗」するのが有益なのだ。
 ダイソン社の創業者ジェームズ・ダイソンは「成功からイノベーションは生まれない。失敗から学ぶことを通してのみ進歩が可能だ」と言い、失敗の価値を強調する。
 多くの企業においてイノベーションが起こらない最大の要因は、「失敗しないように」していることだ。つまり、オペレーションのルールではイノベーションは起こらないのである。
 これは企業組織だけの話ではない。
 私たちが新しい試みをするとき、成功のレシピは存在しない。こうすればうまく行く、という確約はない。やってみなければわからない。実際に少しやってみて、うまくいかなかったら失敗から学び、次のアクションを考える。うまくいったらその成果を土台にして、次のアクションを考える。創造プロセスの緊張構造の中で、次々とアクションを調整し、現実認識をアップデートし、ビジョンを明らかにして前進していく。
 これは複合系の考え方だ。秩序系における正解探しとは趣を異にする。
 カネヴィン思考では「安全な失敗(セイフフェイル)」という印象的な呼び方で試行錯誤を推奨する。フェイルセイフ(fail-safe)ではなく、セイフフェイル(safe-fail)である。

安全な失敗(セイフフェイル)の進め方

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