すべての悩みは「錯覚」からはじまる…のかも
興味深いタグを見つけたので、早速筆を取ってみた!
本来の意味合い的には、学校の授業の延長線上のような話しをするべきなんだろうけど、今回は指の赴くままにキーボードを叩いてみよう。
さて、自分にとっての「探究学習」とはなんだろうか?
それは「自己の幸福を追求すること」だと思われる。
もっと言うと、どうすれば「しっくり」している状態が続くのだろうか、という問いについてずっと考えている。
この「しっくり」という感覚はなかなかに厄介なもので、その時の体調や気候等でも日々変わっていく。
しかし、何十年もそんなことに向き合っていると、さまざま規則性がみえてくる。
満腹だと頭が回らなかったり、疲れが溜まり始めたらカラダから何かしらのサインがでていたり、がっつりインプットしたい時期と、何も入れたく無い時期があったり…。
ある意味、「しっくり」のヒントは日常の中に転がっていた。
本や動画から学ぶ、エビデンス(科学的根拠アリ)のついた情報よりも、自分自身が実感として掴んだ「しっくり」の方が、大いに有益だった。
これは、個人的には大きな発見でだった。
「正解(しっくり」とは外部から取り入れたものの中からではなく、自己の内側から発掘される。
自己の内面から葛藤(非しっくり)が発生し、それを不足と「錯覚」するから、外部へ情報を取りにいくのかも知れない。
その情報が、人によって本だったり、服だったり、車だったり、食べ物だったり、仕事だったり、恋愛だったり…するのかも知れない。
この「錯覚」こそが全ての悩みの始まりな気がしてならない。
本質的な「正解(しっくり」が本来は内側から発見されるものなのに、それを〇〇が不足しているから。と「錯覚」する。
錯覚を起こしたことで、外に満たしてくれるものを求めて、購入したり奪ったりする。
つまり、この「錯覚」に気づくことこそが、「しっくり」している状態を得続けるための核心なのかもしれない。
あなたはこのことについて、どう考えられますか?
こういった議論というかおしゃべりを、もっともっとたくさんしたいなー。
普段はインスタに生息していて、時々ライブ配信なんかもしてるので、ご興味ある方はぜひぜひお越しください。
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