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『おばあちゃんが愛した子犬』

入院を前にした老婦人とタンポポという名前の子犬に焦点をあてた物語を書いてみました。"自分から行動できたら、何かが変わったのかな…"そんなメッセージを込めて...。

※無断使用・無断転載は禁止です。
※物語はフィクションです。

壁に手をつきながら、やっとの思いで老婦人は玄関に着いた。靴を履こうと腰を下ろしたとき、
「おばあちゃん、無理しちゃ駄目だよ。」
次々と家族は老婦人に言い聞かせていた。
「最後に一度ぐらい一人で買い物に行かせて。タンポポに誕生日プレゼントを買ってあげたいの。」
「はいはい。出掛ける前に温かいお茶でも飲んでいって。外は寒いから。」
「...ありがとう。」
老婦人はその湯呑を一瞬見つめ、残らず飲み干した。そして、振り返ることなく、扉をゆっくりと開けた。そのとき、「よく物忘れしているのに、タンポポの誕生日だけは覚えているのよね。」と娘が言っているのが老婦人の耳に微かに聞こえた。

一歩一歩足を動かして、家の目の前にあるスーパーマーケットへ向かっていた。その横をゆっくりと子犬が歩いていた。老婦人はその様子を見るのがは苦しかった。周りの人に迷惑をかけている上に愛するタンポポにまで気を遣わせていることが。
「タンポポ、ここで待っといてね。」
老婦人はそう、子犬に精一杯の笑顔で呟き、リードを近くの柱に結び付け、スーパーマーケットにおぼつかない足取りで入っていった。

冷え切った地面に静かに座り、子犬は自動ドアをじっと見つめていた。冷たい手が次々と子犬の足に触れていった。
「あのワンちゃん、震えてる。可哀そう。」
多くの人がそう言って、その犬の横を通り過ぎた。

遠くから救急車のサイレンの音が鳴り響いていた。次第に音がスーパーマーケットに近づいてゆき、子犬の目の前にとまった。男達は急いでタンカーを店内に運んでいった。

タンカーが通り過ぎる時、ふと懐かしい香りが子犬の鼻をくすぐった。男達は犬を見向きもせず、タンカーを車の中に入れ、遠ざかっていった。

その犬は懸命に通り過ぎる人々を見つめ、老婦人が出てくることを待っていた。

空が黄昏色に変わり、そして星が顔を覗かせ始めても戻ってくる気配はなかった。
「あのワンちゃん、捨てられたのかな?」
「えー可哀そう。可愛いのに。」
女二人が笑いながら通り過ぎていった。

空からはらはらと雪が降ってきた。
子犬は屋根の中に入ろうとしたが、柱に繋がれているため、入ることができなかった。
子犬はこう、心の中で呟いた。
―これでよかったんだ。僕に優しくしてくれるのはおばあちゃんだけだったから...
子犬は白くて冷たい布団に寝ころんた。
目を閉じようとしたとき、
何か温かいものが子犬の頭に触れた。

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