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読書の思い出

こんにちは。Twitter(現X)で村上龍のTシャツを見かけて買おうか迷っています。村上龍の顔のTシャツです。こちらです。

そこから村上龍との思い出とか思い出しちゃって、そういえば最近村上龍ほど激推ししている作家がいないことに気づきました。めちゃくちゃランダムにいろんな本を読んでいる。
村上龍は、私が小学4年生くらいの頃に中田英寿が出張じゃなくて遠征に持って行く本としてなんかで話していて、それでどんな作家だろう?と思って読み始めたのがきっかけです。最初に読んだ本タイトルだけはすごい覚えてるんだけど「5分後の世界」です。その前に似たようなタイトルの小学生用の小説を読んでいて、タイトルが似ていたからその本を選びました。
当時、確か隔週日曜日にお父さんと図書館に行く友だちがいて、村上龍の本も最初は図書館で借りました。5分後の世界が自分なりに面白かったんだと思う。でもその後色々読んだ「イビザ」とか「エクスタシー」とか「フィジーの小人」とか、セックス&ドラッグ多めだなということは子どもながらに気付いていたけど、あまり何のことだか理解しておらず、ただ字を読み進める作業としての読書をしていたのかもしれません。その次に面白かったのは「イン・ザ・ミソスープ」。「歌舞伎町」という当時本当に何も知らなかった、自分にとって「ミネソタ州」と同等みたいなイメージの場所、今はまあまあ近くに住んでるけど、今思えば想像上の「歌舞伎町」と実物はそんなに相違なかった気がする。歓楽街は近くにないまあまあ田舎だったし、避けて育てられていたし(小学生だし)多分映画やテレビでみた断片を組み合わせて想像してたんだろうな。
そう思うと、子どもの頃の読書の「見てないものを想像する」って、とても面白い作業だな。大人になったらある程度本当にいろんなところで補完できてくるし、まあ今はインターネットもあるので子どもももっといろんなこと知ってるのかもしれないけど、見てないものを想像しながらすすめる物語ってめっちゃ楽しそうだな。わくわくする。大人になった今も知ってることを掘り下げるより知らないことを知れる読書の方がすきだけど。
小学生時代後半はずっと村上龍を読んで終わった気がします。あと何読んだんだっけ?アガサ・クリスティやシャーロック・ホームズも読んでいた気がする。
小学2年生までは子どもらしい本を読んでいた記憶があって、2年生の時「子うしのはなべえ日記」の読書感想文をを泣きながら書いていました。
3年生で塾(N能研)に入ると、教材ですごくいろんな本が出てくるようになって、遠藤周作も教材で知って面白かったから続きを読んでみよう、と思ったし、あれは国語の先生の話がすごくうまかったのもあると思う。その設問に対するところだけじゃなくて、全体の話とか、作家のバックグラウンドとかも授業で話してくれて、基本的に宿題はしないんだけど、国語の教材の文章のところだけ読んだりしてたな。あくまでも問題は解かないスタイルw
村上龍と出会うまでは、そういう教材で知った人とかの伝記を読んでいた。ダイナマイトとか、アインシュタインとか、ノーベルとか。学校の図書館の暗い方の部屋にあって、基本誰も読まないコーナーの本。誰も読まないコーナーの本は順番待ちしなくて良いので好きなときに読めて良いです。それで村上龍に出会ってそして小学生時代を終わって中学の時は一度音楽とか聞き出して、洋楽とか聞き出して、一旦読書はしなくなった気がします。あと1年だけちゃんとしたクラブ活動がめちゃくちゃハードで忙しかった。その後退部して暇になってからは映画にはまって、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の原作の本を読んでましたね。学校で。「人間失格」とか「こころ」とかも多分教科書で部分的に出てきてそのあと本を買って読んだと思う。学校でいつも授業中に本を読んでいた。引き出しのところに引っ掛けて斜めにして。中高は割とずっとそうやって学校で本を読んでいた気がします。その辺から芥川賞受賞作品や作家も絡んできた気がする。最初に「芥川賞」を認識したのは小学生の頃で、平野啓一郎が受賞したときに結構ニュースになってたと思うんですが、私の祖父が「文藝春秋」を定期購読して、毎月京都の祖父母の家には文藝春秋が届いていた。そして「芥川賞」発表のときだけ、母がその文藝春秋をわざわざ大阪に持って帰ってきて読んでいたので、「芥川賞は特別なんだなー」と思っていました。平野啓一郎が受賞した時「日蝕」を読もうとしたら、まじで漢字が多すぎて読めなくて、え、芥川賞むず!ってなって一旦芥川賞受賞作品との関係は終了しました。
その後、多分町田康の「きれぎれ」で再トライして読めたから、意外と読めるなってなって、それからしばらくはなるべく読むようにしていました。毎回自主的に読むようになったのはたぶん「猛スピードで母は」タイトル見て、母は何?ってなったし、なんかこれは面白かったと思います。その後多分「共食い」くらいまで全部読んだ。「介護入門」ちょうどその数年前に祖父が認知症を患って大阪に引っ越してきて同居していて、その頃はまだかなりライト介護だったけど、結構わかる部分があって響いたのを覚えている。「蹴りたい背中」と「蛇にピアス」はもちろん覚えている、近い世代なのに超真反対の話。「苦役列車」映画見てないけど、本は面白かった。本当に全く知らない世界が描かれていた。こんな世界があるのかーみたいな。本はいくつになってもそういうの、同じ場所に居ながらにして教えてくれるから良いですね。
久しぶりに去年の「ハンチバック」読んでみたくて買ったんだけど、本当に、すみません、読んでいると自分までたんが絡んで息ができなくなってしまうみたいな擬似体験になってしまって全く読み進められなかったので、まだ読めていません。いつか読み終わらないといけないと思っています。擬似体験じゃなくて、本当にこういう生活の人がいるんだということを、知らないよりは知っていたい。
直木賞は我が家ではあまり注目されていなくて、直木賞のことはあまりわかりません。芥川賞の入りが祖父の文藝春秋定期購読ありきだったため。
その間に複数読んでる作家シリーズ、何かで読んで気になって買ったらご本人がお亡くなりになった直後だった伊藤計劃。「虐殺器官」は一番面白かったし、「ハーモニー」も面白かった。「METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS」も面白かった。アニメとかゲームとかあまり見ないししないけど、面白かった。全部面白くてもっと読みたかった。円城塔が引き継いだ本が確かあったので、それもいつか読みたいです。それから大江健三郎。大江健三郎最初に読んだのは多分高校生の頃、「個人的な体験」を最初に読みました。あと「救い主が殴られるまで」どっちも家にあったので読みました。母が大江健三郎が結構好きだったみたいです。それから「日蝕」で挫折した平野啓一郎。全部こんな本なのかと思って避けてたら結構面白い本がたくさんあり、一時期連続して読んでいました。多分「分人」とか言い出したとき(「私とは何か 「個人」から「分人」へ」)その表現がめちゃわかるーと思って、再び小説も手にとって見たんですよねー視覚的にも「分人」しちゃってる「ドーン」とても面白かった。「決壊」も面白かった。どっちも結構長いけど一気に読めるくらい詰まってた。それから「本心」これも現代っぽい話だった。母の話なんだけど、母にすすめられて、母はなぜこれを勧めてきたんだろう、とか思う。もうすぐ実家をでて15年になることに気づいたんだけど、その前の20年くらいは本当に全影響を与えられて生きてきたのに、15年間は本当に全部合わせて何ヶ月にもなるかな?というくらいしか会えてなくて、いつも応援してくれるけど、私はそろそろ一度、今度は親の役に立てるような形で実家にもどろうかな、とたびたび考えてしまうときに、この本のことを思い出します。
それからめちゃくちゃ読んだのはフレデリック・フォーサイスの本。この本は偶然実家に帰ったときに自伝の新聞の書評みたいなので読んだ気がする。それでなんだこいつはwと気になって、まず自伝を読んで、めっちゃ面白くて、じゃあ小説も読んでみようと思って、結構色々読みました。有名な「ジャッカルの日」と「オデッサ・ファイル」も面白かったし、あと結構最近の「ザ・フォックス」も面白かった。
最後に最初にあんまりいないと言ったが、最近一番推しなのは、ローラン・ビネ。まず代官山蔦屋書店に通ってるときに見つけた「HHhH」という謎の暗号みたいなタイトルに目を奪われて、結構寝るのを拒否して読んだ本。第二次世界大戦時代のプラハの極秘作戦の話。時間軸が現代と過去を行ったり来たりしてとても面白くて、どこまで本当でどこまでが作り話なのかもわからない、実在の人物の話。「ベルリンは晴れているか」という深緑野分さんの本も第二次世界大戦直後の話で、全然内容は違うんだけど同じ匂いを感じて面白かった。ローラン・ビネの話に戻るけど、2冊目に読んだ「言語の七番目の機能」という本。実在の哲学者がたくさんでてくるフィクションなんだけど、本当にめっちゃ面白くて、そこからいろんな哲学者のことを調べたくなった。映画を見たかのように鮮明に登場人物たちの動きや情景を何度でも頭の中で再現できるほど印象的な話。「HHhH」とは全然方向性は違うんだけど、めちゃくちゃ面白かったです。知らないうちに去年また新しい日本語訳が出ていたので早く買って読もうと思います。
サイモン・シンの話もしたかったけどもうすぐ4000文字になっちゃうから。笑。また今度にします。最後まで読んでくれた人がいたら、本当にありがとうございます。お疲れ様でした。

ヘッダーの写真に載ってる本は一冊も出てこなかった。

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