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汝何の為に其処にありや

「今日が僕の最後の授業になる訳だけども、みんなに一つ残して置きたい言葉がある」
 そう言って先生は黒板にこの言葉を書き残した。

彼は僕の高校の国語の先生だった。その人は定年を控え、僕ら3年生を教える年が最後で、定年退職の日に最後の「授業」としてこの言葉を僕らに贈った。いつもは騒がしいクラスも、この時だけは呼吸の音がやけに気になる程に静けさに満ちていた。

 自分が何故今その場所にいるのか、それは他の誰の為でも無く、自分が選んで今其処にいるからだ。その場所で何をしたいから其処にいるか、それも自分の中に内包された答えがある。その問いを問い続ける事が、汝の為であり、日々に意識をもち行きていける源となる。

 その先生は今どうしているか、知る由もないし恩師と言うには遠すぎる関係だった。授業で教わった内容はどれだけ自分に残っているかは定かでないが、この言葉だけは今も消化されず、心の中で時折ひと舐めしてはその苦さに背を押されるのだ。

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