ゆいぴって何者だべか
今更ながら自己紹介をしてみる
こういうのって初投稿でするものでは?
と思いながらも自己紹介をします。
名を ゆいぴ と申します!
1997年5月生まれ、ふたご座、AB型。
本名、なみおか ゆい。
専業主婦の母と自衛隊の父の間に生まれ、幼少期を青森県で過ごしました。6歳の夏に新潟県に引っ越し、中学1年生の頃また青森県に戻りました。そのため、基本的には青森県出身を自称しています。(間違いではないよね)
パーソナリティ
ストレングス:最上志向・学習欲・ポジティブ・自我・目標志向
MBTI:ENFP(運動家)
いつも好奇心に振り回されて、突然に新しい学習を始めたり、見知らぬ場所に一人で旅立ったり…。友人によると、私は行動力がやばいらしい。
趣味とか好きなものとか
趣味は旅行・お出かけ・散歩。観光地を練り歩いたり、イベントに出向いたり、ただひたすら近所をうろついたり。コロナ禍で、ここ数年は思うように好きなことができずモヤモヤしていました。やっと落ち着いてきたので、そろそろ海外旅行にも挑戦したい!今の小さな目標は東南アジア周遊です。
好きなものはラーメンとゲーム。旅先では「ラーメン食べなきゃ…」という謎の使命感に駆られます。ラーメンでしか得られない栄養素ってあるよね!
ゲームは、ゲーマーだった父の影響で幼い頃から嗜んでいました。とは言っても、大人になるとなかなかゲームする時間がないんですよね~。最近は、SNSでゲーム界隈の情報をサラッと得るだけになっています。
大人になるまで
幼少期(誕生~12歳)
前述のとおり、97年に産声をあげたゆいぴは、6歳まで青森県に住んでいました。正直言うとほとんど記憶にはないです。強いて言うならいくつか習い事をしていたことくらいですね。水泳、エアロビクス、英語教室。近所に米軍基地がある影響なのか、英語を習っている子は多かった気がします。
新潟県に引っ越し小学生になったゆいぴは、新潟県花であるチューリップの畑に囲まれた地で元気いっぱいに育ちました。この頃の習い事は、水泳、書道、キッズダンス。放課後は友人と暗くなるまで遊んで、週末はダンスのイベントや大会に出場して、今思えば忙しい小学生だったなあ。
青年期(12歳~20歳)
中学1年生の途中で両親が離婚し、母の地元である青森県に戻ってきました。転校先では絶対にテニス部に入部するゾ!と意気込んでいました。ところがどっこい、何の間違いが起きたのか入部したのは吹奏楽部。当時のゆいぴには音楽の知識も経験もナシ。加えて周りは小学校から楽器を習っているエリート集団。体力づくりをし、楽典書を熟読し、時には叱られながら必死に練習しました。そこから高校卒業まで6年間、私は吹奏楽の虜でした。
と、部活のことばかり話しましたが勉強もそこそこ頑張っていました。友人にも環境にも恵まれて、中学~高校までの6年間はとても1投稿では語り切れないほどの思い出で溢れています。この期間が今のゆいぴの基盤といっても過言ではありません。成人するまでは長らく高校ロスに陥ったものです。
成人してから現在まで
20歳になったゆいぴは、とある建設会社に正社員として入社します。職種は経理事務。毎日同じ職場に出勤して、同じ席に座り、同じ業務をする。朝から夕方までパソコンの画面と睨めっこしながら座りっぱなし。そして、遅ればせながら22歳あたりで気づきます。「私に向いてないわ、これ」
コロナ禍に消された心の灯
しかしその頃、世間を騒がせていたものがありました。そう、新型コロナウイルスです。日本どころか世界中に大大大影響を与えていたそれに、私も少なからず影響を受けていました。楽しみにしていたイベントが次々中止になり、旅行はもちろん少しの外出もためらいましたよね。帰省もできない、友人にも恋人にも会えない。得体の知れないウイルスの感染に怯える毎日を過ごし、気づかぬうちに精神を疲弊させていました。
家から出たくない、仕事に行きたくない、誰とも会いたくない、何もしたくない。些細なことでイライラして、うまく笑えず、そんな自分が許せなくて一人で泣く日々。「もう無理、死にたい」。こんなことを思うのは、きっと後にも先にもこの時期だけでしょうね。
私はこのままでいいのか?
コロナ禍も収束してきた2022年、ゆいぴは25歳を迎えようとしていました。何となく人生の節目っぽい歳を目前に、私はこのままでいいのか?何がしたいんだ?そんな風に自問自答することが多くなりました。
そんなときに出会ったこの言葉が、ウジウジ悩んでいた私を動かします。
「夢がないなんて絶対にないんよね。自分ができることとか、自分の見えてる世界で夢を決めようとしとるけん、夢が見つかんないんよ。」
分かる人には分かるかもしれませんね。某DJ集団の某社長の言葉です。これを聞いたとき、私はふとあることを思い出しました。
旅して生きる
5億円あったら何したい?
10年以上前から仲のいい友人と、定期的に話すことがあります。
「宝くじ、次は当たる気がするわ」「5億円当たったらどうする?」
小学生みたいなこの会話の中で、私の夢は既に見つかっていました。
「日本中、世界中、旅して暮らしたいな~」
これ、立派な夢ですよね。でも、某社長のあの言葉を聞くまで全然気づかなかったんです。まさに、”自分ができることでしか夢を見つけようとしていなかった”から。旅して生きるなんて到底無理だと思っていました。お金がないと出来ない、限られた人にしかできないだろう、と。自分がその”限られた人”になるための努力もしてないくせにね。
会社を辞めてバリ島へ
空き時間に眺めていたSNSで、とある広告を見つけました。
「海外ノマド体験 ノマドニア」
なんだこれは…怪しいな、と思いながらも好奇心に負けた私はすぐ相談会に申し込みました。そもそもノマドってなんぞ?と調べてみると、何やら私が求めているライフ&ワークスタイルに似ているではありませんか!相談会に参加して話を聞いてみると、ますます興味がわくわく。当時はジョージアとインドネシア(バリ島)の2ヵ国のみ募集していたため、私はバリ島を選択しました。こうしてノマドライフを夢見たゆいぴは、5年半お世話になった建設会社を退職するのでした。
新たな夢、参戦!!
ノマドニアを通して、”旅して生きる”に加えて新たな夢が私の人生に参戦しました。それについては、ゆいぴの初投稿noteでお話ししていますのでよかったら読んでみてください。
ふつつかものですが
まさか自己紹介がこんなボリュームになるとは思っていませんでした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
これからもnoteを更新していきたいと思っています。不定期にね。
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へばな~👋
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