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高次の欲求ほど後回しにされやすい~やりたいことができない理由

それは、やらなくてもいいことだから笑。食べるとか寝るとかそういう生きていくために必須のことではないから。それに安全に(快適に)暮らすということほど、大事な欲求でもないから。できたらいいなと思うけど、できなくても別に困らない。あの欲求の5段階説をまとめたマズロー大先生も「高次の欲求は後回しにされ、無視されがちである」と言っています。


そのマズロー大先生がまとめてくれた欲求の5段階説。つまり人間の欲求には段階がある。


マズローの欲求5段階説

あなたや私が「やりたいこと」という時、それはこのピラミッドでいうなら一番上の自己実現の欲求に入ります。承認欲求の方もいるかな。でも承認欲求からやってくる「やりたいこと」は本当のやりたいこととは違う可能性が高いので、それはそれで考えもの。


人間は生理的欲求(食べる・寝るとか動物として生きるために必要な欲求)が満たされないと先に進めない。お腹が空いていて、今日食べるものもないのに、「やりたいこと」も何もない。安全に暮らしたいもそうね。例えば、いじめとか虐待とかで安全感が全く得られない中では生きていけないから、自殺するという結論になってしまうことも多い。後、「食べるために働いています」もこの「安全の欲求」を満たしていることになる。


逆に自己実現なんてしなくても別に生きてはいけるから、優先順位はすごく下がりますよね。

ちなみに本当はこの上に6番目の「自己超越」という段階もあって、そこに到達している人は全人類の中でもわずか2%程だそうな。だいたいは社会的欲求くらいで止まるかな。ちなみに社会的欲求って昔は愛と所属の欲求とか言われてて、「仲間を作りたい」という欲求。「食べる寝るとか基本的な欲求は満たされていて、安全で快適に暮らしていて、仲間と楽しくやれていればそれでいいや」というところで止まる人が結構多い印象がある。


要するにやらなくてもいいことはやらない。必須ではないことはやらない。やりたいことができなくても、食べ物がない!というほどには追い詰められない。だからやりたいことをやるためには自分の意図とか意志がとっても大事。人間というのはそもそも怠け者なのかもしれませんね笑。でも自己実現って最も人間らしい欲求だとは思う。だって動物にはそんな欲求はないので(彼らには個という意識が基本的にはないので、個として自分のやりたいことはないという意味)。生理的欲求とか安全の欲求とかは動物にもある。



だから人間らしく生きるためには「自己実現」つまり「やりたいことをやる」ってとっても大事な要素だと思う。さて、あなたのやりたいこと。置き去りになっていませんか?後回しになっていませんか?人生はそんなに長くないですよ。


逆に言えば、自己実現に至るまでのすべての欲求をそれなりに満たせば、あなたがやりたいことができるようになる可能性は上がるということでもあるよね。


やりたいことができるという贅沢な時代に生まれたのですし、人間として生きる意味を堪能しましょう。


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