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休む宣言

久しぶりに電車に乗って退職手続きのため会社へ行った。
電車に乗れなくなってから2週間ぶりくらいだろうか。

あの日も朝起きて、普段通り会社へ行く準備をする。
2人分のお弁当を急いで詰めて、その間に夫は洗濯をする。
お互いの得意分野で分業だ。
夫は洗濯上手で、きっと私よりセンスがある。
そうして家事が一段落すると、コーヒーブレイクタイムだ。
どんなに忙しくても、食後のコーヒーだけは欠かさない。
ふぅーっと一息つくあの瞬間が好きだ。
テレビからとめどなく流れてくるニュースもこの瞬間だけはゆったり聞こえる。

いつだってそうだ。
あんなに早起きしたのにいつも出発するのはギリギリだ。
おまけに「あ!忘れ物!」と、言って、せっかく履いた靴を脱いで部屋へと舞い戻る。
そんな日常が繰り返されると思っていた。

でも違った。
私はあの日を堺に、突然電車に乗れなくなった。
体が動かなくなって、周りの音が遠ざかっていく。
人間関係で悩み続け、試行錯誤しても改善されなくて、それでも何かが変わるかもとどこかで信じていた。
それは全部幻想だった。
前日の出来事がとどめの一撃となり、私の心を支えるものは砂のようにサラサラと消えていった。

もう、心がつかれた

涙も何も出てこなくて、感情がなくなるってこういうことか、どこか他人事のように思った。
来た道を辿り家路につく道中、右手にぶら下げたお弁当バッグが悲しそうだ。

心が無くなる前に、手を打たねばならない。
自分に休む宣言をする。
今回の一件で、休むぞ!って決めないと、私は休むことができないと学んだ。
休んでいる期間、自分と向き合い、家族と過ごす時間が増えた。
そのとき本当にたくさんのことに気づけた。
心からやってみたいこともそうだ。
夫は私が先に家を出た後に、掃除機をかけていてくれたこと、布巾の漂白や2回目の洗濯をしていたこと。
休まなかったら気づけなかったことばかりだと思う。
一緒に暮らし始めた頃、せかせかと自分だけが家事をしていると思うこともあった。
でも、そうではなくて、言葉にしないだけで行動してくれていたんだ。
気づいたときに「ありがとう」
そんなふうに、穏やかな時間が流れている。

しんどいの先にこんな気づきがあるなんて。
どんなにしんどくても真っ暗闇なトンネルの中にいても、光はある。
そう信じて、今日も書く。


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