ひざ掛け側の景色

「寒くない?」

その言葉にはうんざりしていた。

寒くない、と何度も言ってるのに。
やせ我慢でもないし、反抗しているわけでもない。
文字通り、寒くないのだ。
そう言っているのに伝わらない。

冬でも半袖半ズボンが健康優良児とされていた時代に育った私は、冬でも薄着がスタンダードだった。
雪の日でもない限り寒すぎてつらい、と思ったこともない。

高校生になるまで、私は祖父母と同じマンションに住んでいた。
学校が終わると、鍵っ子だった私は、ひとりぼっちのしーんとした空間に帰るのが嫌で、祖母の家に直行するのが常だった。

秋が深くなる頃から、葉が青くなりだすまでの間は、祖母は挨拶代わりに「寒くない?」「タイツ履いたら?」「ジャケット来たら?」という言葉を私に浴びせる。
「寒くない」「大丈夫」という攻防戦のあと一度は引き下がる祖母だったが、座椅子に座った素足の私に、そっとひざ掛けをかけるのだった。

それが家の中ならまだしも、電車の中、教会の礼拝中(祖母はクリスチャンだった)などありとあらゆる場面でスキを狙って私にひざ掛けをかけるタイミングを狙っているのだ。

祖母は非常に穏やかな人だったので、決して無理強いはしないし、私自身、怒られたこともないくらい優しい人だった。
そんな祖母が執念をみせたのは唯一「ひざ掛けかけ」だったなと今になって思う。



時が過ぎ、私も2児の母となった。

「そんな格好で外でたらあとで困るよ!」
「雨降る予報出てるからレインジャケットもっていきなさい!」
「薄着過ぎるわよ、寒いでしょ?」

なんということだ。
気がついたら、私もひざ掛けを掛ける側にきているではないか。
自分だって子供の頃は散々「寒くない!」と主張してきたし、「子供は風の子」というくらい大人と体感温度が違うこともよくわかっている。

なのに、どうしてもあと一枚着せたくなる。
たいては嫌がられて終わり。
でも時には準備不足で寒くてブルブル震えていたりする子供を横目に「ほら、言わんこっちゃない」と小言を言ってしまう私だ。(祖母は決してそんな態度をとらなかった。本当に優しい人だった。)




日々「着なさい!」「いらない!」の攻防戦を繰り広げながら、ふと祖母のことを思い出す。
子供のときはわからなかったけれど、わかったことがある。
子供に寒い思いをさせたくない、というのは、深い祖母の愛情だったのだね。

「ひざ掛け攻防」とともに、当たり前のように過ごしていた祖母との時間や、たくさんの小さな思い出のひとつひとつに祖母の愛情が宿っていたことが今になってわかる。

特に鍵っ子だった私にとって、同じマンション内にある祖父母の家、いや、いつでも迎え入れてくれる祖父母の存在は、子供の私にとって安全な、ほっとする、大好きな場所だった。

その祖母はコロナ禍で亡くなってしまったのだが、亡くなる数年前に、施設にいる祖母に会いに行った。
認知症がすすんでいた祖母だったけれど、私の顔を見た瞬間、目の奥が「ハッ!」と光った。
その後すぐに祖母の記憶は曖昧になってしまったのだけれど、その目の奥の光の中に、深いつながりを感じられた。

来てよかった。胸が熱くなった。


嘘みたいに暑かった夏が終わり、朝の気温が12度まで下がった。
確実に秋がすすんでいる。
息が白くなる日もそう遠くない。
衣替えの準備をしながら、久しぶりに冬物の箱を開ける。

おばあちゃん、わたしもひざ掛け側にきちゃったよ。

遠くで微笑んでいる祖母の顔が目に浮かぶ。









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