140字小説/「一人で生きていく」
「俺一人で生きていくよ」
ある晴れた日の午後、貴方は唐突に立ち止まって空を見上げながら呟いた。片道一車線の道路、一方通行の道に反対向きからは入ってくる車などいはしない。
「何突然、どうしたの」
私は一歩後ろで貴方の背中を見ながら呟いた。理由なんて分かっているくせに、何も知らない振りをするのが上手になったものだと妙に感心してしまう。きっと、傷つきたくないからだろう。
「もう二度と、会えないって分かってるのにまだ好きなんだ」
泣いていると思った。多分、間違いではないだろう。同い年の町田くんは涙を流す時決まって一度肩を大きく動かす。自分では気づいていないようだが、私はそれを知っている。
「馬鹿だと思う?」
「さあ、町田くんが馬鹿なら私も馬鹿なんじゃない」
「古河さんは馬鹿じゃないでしょ、頭いいじゃん」
「そういう意味じゃないよ、やっぱり馬鹿だね」
たかが同じ大学でたかが同じ講義を取っていた。それだけで親しくなった縁。運命的なものなんて何にもなかったし、今も貴方が私の運命の人とは思えない。
それでも、大好きな人であるのは事実だ。
町田くんの想い人は先日、遠い場所に旅立った。物理的な距離ではなく、本当に会えない所まで。この命が終わっても再会出来るか分からない場所まで旅立った。同棲していた部屋からコンビニに行ってくるねと言ったのが最後、居眠り運転の車に跳ねられて即死だったらしい。
町田くんと彼女の部屋に咲いていたはずの花は枯れ、ただ香りだけが残っている。町田くんの服はいつも花の匂いがした。彼女さんは年上だったから会った事はないけれど、きっと、同じ匂いがしたのだろう。
彼女がいなくなってもうすぐ一ヶ月が経とうとしている。けれど町田くんはあの部屋から動けないままだ。空を見上げて一人で生きていくなんて口にしても、その誓いがいつ破られるかなんて分からない。
ねえ、貴方は知らないかもしれないけど、世界は広かったりするんだよ。町田くんが思っているよりも町田くんの事を好きな人は沢山いて、貴方を救いたいと思う人もいて、一緒に歩みたいと思う人だっているんだよ。
そんな言葉が出かけては唇をかみしめて再び歩き出した背中に呟いた。
「町田くんが一人で生きていくなら私も一人で生きて行こうかな」
「何でよ、古河さんは関係ないし」
「そうだと良かったね」
目を伏せて一つ、笑みを浮かべた。彼女が亡くなる前は当たり前に振り向いて微笑んできた貴方はもうどこにもいない。
貴方が一人で生きていくのなら私も一人で生きていこうと思う。想いはいつまでも一方通行だから。きっと私が一人で生きていく理由なんて、いつまでも気づかないままでしょう。
片側一車線の道路は想いを乗せて永遠に走り続けるだろうけど、地球は丸いから一周する頃には人生が終わってこの恋は消化されるかな。それともこの恋が消化される方が早いかしらなんて、くだらない戯言を思い浮かべては、亡くなった彼女に貴女が生きていてくれた方がこっちを振り向いてくれたのかもしれないのにと語りかける。死者を超える事なんて出来ないし、思い出はいつまでも残酷だ。
貴方が一人で生きていくと言うのなら、私は貴方の一歩後ろでその背中を見ながら一人で生きていこう。
だから、たまにでいいから振り返って笑ってね。それだけで私は救われるだろうから。
140字小説/一人で生きていく
貴方が一人で生きていくのなら私も一人で生きていこう。想いはいつまでも一方通行。片側一車線の道路は想いを乗せて永遠に走り続ける。地球は丸いから一周する頃には人生が終わってこの恋は消化されるかな。
貴方が一人で生きていくと言うのなら貴方の一歩後で背中を見ながら一人で生きていこう。
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