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ルーティンワークに欠けた何か

生活は続く

PM6:30 仕事終わりにスーパーへ行く。
PM7:00 帰宅。
PM7:30 夕食。無音。
PM8:00 自由時間。ソファーに横たわりテレビを眺める。
PM9:00 シャワー。髪を乾かす。
PM10:00 晩酌。缶ビール片手に明日のゴミをまとめる。
PM11:00 スマートフォンをつけては消す。飲み終わった缶をシンクにひっくり返す。
AM0:00 温かい飲み物を飲んでベッドに寝転がる。

壁側は一人分空いたまま。


決められた行動、決められた日々、変わり映えしないそれは繰り返す事によって精神を安定させる方法にもなる。スポーツ選手が繰り返すルーティンは自身を集中させるたり、ある種の願掛けになっているとも聞く。

一般人のルーティンワークなんて大した事無くて。ただ繰り返す毎日の中で勝手に決まった動きに等しい。変わり映えのしない毎日、刺激も何もない淡々と過ぎる時間は、ルーティンワークより日常という言葉の方が近い。

真っ暗な部屋でスマートフォンをつける。真っ白な画面、光は部屋を僅かに明るくさせた。

最後のメッセージは既読をつけたまま、返事さえ出来なかった自分がそこにいる。

さよならに返す言葉など、この世界のどこにあるのだろう。

またねは次を彷彿させるから。元気でいてねと言えればもう少し綺麗に終われただろうか。どちらにせよ、全ては過去になった。今更返事をすることなんてない。未練がましくメッセージ画面を見ているのはこちらだけで、あちらは既に新しい道へ歩き始めているだろう。もしかすると、ブロックされて連絡先を消されている可能性もある。

溜息交じりに画面を消して目を閉じても後ろ姿がちらついて仕方ないから、目を開けて暗い部屋を見渡し両手を広げベッドに大の字を書いた。

この部屋から彼女の物が消えてから一ヶ月が経過した。何てことのない、すれ違いの末に起きた転と結。共に過ごした時間は、積み重ねた不満と一度の爆発で消え去った。

爆発が終わった後、残った破片が片付けられて、灰も何も無くなったと思っていたのに、生活にはまだ消えぬ灰が残されている。

PM6:30 仕事終わりにスーパーに寄るのは、夕食の材料を買うため。野菜ばかり入れる彼女にカゴを任せ酒と惣菜を一つ入れて呆れられる日常。

PM7:00 二人で帰宅。キッチンに並び夕食の準備に取り掛かる。

PM7:30 終わり次第食事を摂る。テレビは消して会話を大事にしようと言った彼女の意向に沿って何もつけなかった。喧嘩した日は無音で重苦しい空気が漂っていた。

PM8:00 自由時間にソファーで寝転がっているといつも怒られた。スーツが皺になる。でもその皺を何とかするのは自分なので、彼女が怒る理由もないだろうと思っていた。

PM:9:00 シャワーを浴びて髪を乾かさないと文句を言われるので仕方なく乾かしていた。時折、彼女が乾かしてくれる時もあったけど、洗った犬を乾かすような雑さで首が痛かった。

PM10:00 晩酌をする隣でスマートフォンをいじる彼女が、面白い動画を見せてくるのが少しだけ煩わしかった。一人の時間が無くて窮屈に思っていた。明日出すゴミはまとめておく、じゃないと忘れる。彼女がそう言ったからまとめておいていた。

PM11:00 飲み切った缶を捨てる傍らでゲームに夢中の彼女を眺めていた。

AM0:00 寝る前には温かい飲み物を飲もうと言い出して、いつもそれに付き合っていた。正直、熱くなるから嫌だった。

壁側に、すっぽりはまって目を閉じていた人がいた。


煩わしかった。ペースを乱されるのが嫌だったと言えばそれまでで。口うるさく言われるのも、彼女が決めたルールに付き合わされるのも嫌だった。無理のない範囲でと言ったくせに、やらなかったら怒って不機嫌になり口も利かなくなる。

沢山間違えて、向き合って。それでも落とせなかった思考がぶつかり合い、妥協すら出来ず傷つけ合った。

いつしか好きが面倒になった。帰るのが憂鬱になった。これじゃ駄目だと思っても、間違い続けた選択を今更元に戻す事は出来なかった。そうやって掛け違えたボタンは合わなくなり終わりを迎えたのに。


いなくなってからずっと、彼女が染み込ませたルーティンワークが消えない。

スーパーじゃなくてコンビニでいいんだ。自炊する日が無くたっていいし、食べている間にテレビをつけたっていい。ソファーに寝転がっても文句は言われないし、髪を乾かさないまま戻ってもいい。ゴミをまとめるのは明日の朝でいいし、温かい飲み物も飲まなくていい。

壁側は開けなくてもいい。

理解しているのに染みついた日常は簡単に消えてくれない。ずっと、もういないのに同じ事をしている。馬鹿みたいだ。どうしようもないくらいに。

面倒が好きに戻ったのが、いなくなって一ヶ月経ってからなんて遅すぎる。再び向き合う事が出来たとしても、きっとこの好きはまた面倒に戻るだろう。

一目惚れから始まった物語は、幸せな承を経て転がるように結末に至った。どこにでもありそうな話は形になる事さえ無く、読み手もいないだろう。


ただ心に空いてしまった穴が彼女の形をしていて、それ以外には埋められないから。


染みついたルーティンワークに溜息を吐いて再び目を閉じる。まだ瞼の裏には、転がる前の物語で彼女が笑う。どうか早く消えて欲しい。一分一秒でも早く、さよならが正しかったと言いたい。終わるものだったと笑いたい。思い出に目を細めたい。

心にはまだ、後悔という名残が生きている。

「たかが一人、いなくなっただけなのにな」

君が欠けてもまだ、ルーティンワークは消えてくれそうにない。

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