マガジンのカバー画像

140字小説を小説にしてみた

4
Twitterにて投稿した140字小説を短編に。 気まぐれ更新。
運営しているクリエイター

記事一覧

140字小説/「君の耳に夏」

手を引かれて家を出た。空には入道雲、真っ青な空はどこまでも遠くに続いているようだった。歩道を歩けば街路樹が影を作るが風が吹けば無くなってしまう心許ない影だった。それでも私を押し込むかのようにそちらに行かせ、自分は日の当たる場所を歩く君の優しさが感じられて目を細めた。 君に会ってから何度目の夏を共に過ごしただろうか。永遠を連れ添うにはまだ短く、青春を過ごすにはとても長い時間を共有してきた。それでも、この夏は過去よりもずっと異例なものである事はお互いに理解出来た。 道路を走る

140字小説/「一人で生きていく」

「俺一人で生きていくよ」 ある晴れた日の午後、貴方は唐突に立ち止まって空を見上げながら呟いた。片道一車線の道路、一方通行の道に反対向きからは入ってくる車などいはしない。 「何突然、どうしたの」 私は一歩後ろで貴方の背中を見ながら呟いた。理由なんて分かっているくせに、何も知らない振りをするのが上手になったものだと妙に感心してしまう。きっと、傷つきたくないからだろう。 「もう二度と、会えないって分かってるのにまだ好きなんだ」 泣いていると思った。多分、間違いではないだろ

沈む夏

「ねぇ、夏の匂いがするね」 光る波を見つめながら一歩前に進む君の首筋に汗が流れ落ちた。僕の視線は釘付けになり脳を熱が侵していく。 左手には先の見えないほど広大な海が広がっており、透明な水の中で魚たちが自由に泳いでいるのが見えた。汗、と一言だけ口にすれば君は振り返りタオルで首筋を拭う。暑いね、と言いながら再び歩き始める君の髪が尻尾のように揺れ動く。半袖のセーラー服からは日焼けした肌が覗き、今年も紫外線と闘わなければと意気込んでいた数日前はどこに行ってしまったのかと思う。

いつかの僕たちに

『神様は本当に存在すると思う?』 いつかどこかで、誰かが僕に問うた。 僕はこう答えた。 『きっといればいいね』 いればいいねと言ったのは、いるとは思えなかったからだ。その時点で僕の中の神様は死に、信仰は息絶えた。いないから世界は不平等な現実だけが存在しているのだろう。しかし、こうも思うのだ。神様がいるからこそ不平等な現実が存在しているのではないかと。 崩れた廃教会の中、一人の少女が偶像に向かい膝をつき祈りを捧げている。両手を胸の前に組み、目を閉じ熱心に何かを祈り続け