「ヘックスバー」は「バーベル」デッドリフトの上位互換か?~被験者内クロスオーバー実験から考える~
バーベルの基本的なエクササイズの一つに、デッドリフトがあります。
動作自体はとても単純です。
床に置いたバーベルを、持って立ち上がるだけ。
おそらくバーベルが発明された頃(19世紀だと言われます)から存在するだろう、非常に基礎的な種目です。
スクワット、ベンチプレスと併せていわゆるBIG3と呼ばれる基本種目の1つであり、これ自体がそのままパワーリフティングという競技にもなっています。
代表的な筋力トレーニングの種目として、この現代においても広く行われています。
が。
パワーリフティングやウェイトリフティング向けのジムならいざ知らず、日本のいわゆる大手のジムなどでは、あまり行っている人を見かけない印象があります。
そもそも、床に直接バーベルを下ろすこと自体を禁止しているところもあるかも知れません。
また、デッドリフトが今一つ広く浸透しない理由として、次のような意見もあります。
背中、特に腰椎をケガするリスクが高いので、やらない方がいい
体感的につらい割には、ターゲットとなる対象筋を絞りづらく、いわゆる効かせづらい種目である
これに対し、自分の見解を述べておきます。
まず2について。
実を言うと、これはそっくりそのままデッドリフトが優れた種目である理由でもあります。
たしかにデッドリフトは対象筋を絞りにくく、いわゆる狙った部位に「効かせる」ようなトレーニングには向かない種目です。
しかしデッドリフトはそもそもがコンパウンド種目。
全身運動に近い、複数の関節や筋群を刺激できる種目です。
特定の部位に効かせる必要はありません。
全身のありとあらゆる力を発揮して、バーベルを引き上げる。
身体の一部位ではなく、挙上の動きそのものに集中する。
それがデッドリフトです。
「地面から重いものを持ち上げる」というのは、二足歩行するヒトという種にとっては非常に基礎的な動きの一つです。
運動不足とされがちな現代の日常生活でも、そのような場面は生じるでしょう。
だからこそストレングス、つまり「全般的な力の強さ」を養うには最適の種目なのです。
ということで、デッドリフトはストレングス=筋力を向上させるための種目であって、特定部位の筋肥大を狙う種目ではありません。
そのため、ボディビルダーやフィジーカーが筋肥大を第一に考えた場合、優先順位が低くなるという可能性はあるでしょう。
実際、デッドリフトはやらないというフィジーカー、ビルダーもいるようです。
それから、1の腰痛について。
デッドリフトというのは、体の前面に置かれたバーベルを床から引き上げる種目です。
背中を丸めず(特に下半分の腰椎)
バーをなるべく身体に沿わせる
ようにバーベルを引き上げるのが動作の基本ですが、フォームが定まらないうちは少し難しいかも知れません。
逆に背中を丸め、バーを身体から離した位置で引くと、すぐに腰を痛めてしまいます。
いわゆる、椎間板ヘルニアを誘発するような姿勢になってしまうのです。
ところが、背中を丸めると床に置かれたバーが自分の体に近づき、結果として挙上距離が減るのでバーベルが引きやすくなります。
そのため、初心者が我流でデッドを引くと、そうした危険な引き方を身に付けてしまう恐れがあります。
(パワーリフティング上級者の技術として、下部の腰椎はまっすぐ保ったまま、上部の胸椎だけを丸めるという方法があるのですが、一般の人はマネしない方が安全です)
また身体の前面で重量物を引き上げる以上、デッドリフトでは身体の重心とバーベルの重心の位置が一致しません。
バーベルの重心は、身体の少し前に位置します。
だから、完璧にバーの軌道を身体にピタリと沿わせたとしても、身体は必ず前方に引っ張られてしまいます。
いわば「少し前のめり」の状態に耐えながら重量物を引っ張り上げることを、余儀なくされるのです。
しかも、負荷はその前のめりになった腕の先にかかってきますし、そもそも床のバーベルを掴むには前傾姿勢でしゃがむ必要があるので、上体はどうしても曲がりやすくなります。
軽い重量ならさほど問題でもないのですが、デッドリフトは自体重以上の負荷を用いるのが当たり前の種目です。
女性でも、自重の2倍ぐらい引いてしまうことも珍しくありません。
つまりデッドリフトとは、「腰を曲げようとする力」に耐えつつまっすぐな上体を維持することで、背中の筋力を発揮するような機序の種目なのです。
その意味では、確かにデッドリフトは腰椎を痛める危険性を潜在的に孕んでいる、ということはできるでしょう。
もちろん適切なフォームと負荷で行えば、むしろ体幹部がガッチリ強化され、腰痛予防になるのですが。
少なくとも、初心者のうちはしかるべきトレーナーに動作をチェックしてもらうなど、習得にある程度の労力が必要な種目といえます。
しかし。
最近人気が出てきたトレーニング器具で、この1の「腰痛」問題を解決ないしは低減させてくれると評判のものがあるのです。
その名はヘックスバー
それは、ヘックスバーという器具です。
文字通りヘックス、六角形のバーで、その内側に入ってバーを持ち上げます。
日本では、あの大谷翔平がトレーニングに使用していたことでちょっと話題になりました。
大谷選手のバーは、後ろ側が開いていて六角形ではありませんが、基本的に同じものです。
このヘックスバー、従来のストレートシャフトと比較して何が優れているのでしょうか。
これは、文字通り「バーの内側に入る」ことができるという点です。
先ほど、デッドリフトがなぜ腰痛になりやすいかというと、
「身体の前面で重量を保持するため、どうしても前のめりの姿勢になる」という説明をしました。
前のめりでなおかつ腕の先に荷重があるため、腰椎が丸まりやすくなり、腰痛を誘発するのです。
しかし、ヘックスバーは六角形の内側に人が入れる構造になっているので、きっちり中央に立つと、自分の体の重心とバーベルの重心がピタリと一致します。
その結果、完全な垂直方向にバーベルの荷重がかかります。
つまり、ストレートシャフトで不可避的に発生した、前のめりの状態を回避できるのです。
前傾姿勢そのものは解消できませんが。
そのため、ヘックスバーを使えば従来のバーベルデッドリフトで問題視された「腰痛」のリスクを軽減しつつデッドリフトが行えるとして、近年急速に普及しつつあるのです。
ちなみに大谷選手のデッドリフトは、背中がきれいにまっすぐですよね。
本当にヘックスバーは腰痛対策の福音なのか?
では、これを使えば本当に腰痛のリスクとは無縁になるのでしょうか。
もし腰痛のリスクを回避しつつデッドリフトが行えるとなれば、メリットのいいとこ取りです。
もしそうなら、もはやストレートバーでのデッドリフトは完全に不要で、ヘックスバーでデッドリフトを行った方が理にかなっています。
実際、そのように指導するトレーナーも少なくないと聞きますし、ジムでヘックスバーを見かける機会も増えました。
さて、この問題を考える上で紹介したいのが、2018年に行われた実験です。
13名の、トレーニング経験のある男性を被験者に行われました。
年齢幅は20~25歳で、
身長は180±5.0㎝
体重は81.4±7.2㎏です。
±の後の数字は標準偏差ですね。
これらの被験者に、
バーベルデッドリフト
ヘックスバーデッドリフト
ヒップスラスト
を行ってもらい、それぞれEMG、つまり筋電図検査で筋肉の活動を調べたものです。
手順は
1回目のセッションで動作の練習を行い、
2回目のセッションで最大筋力、つまり1RMを計測し、
3回目のセッションで1RMの負荷で各種目を行い、筋電図で活動を計測した
そうです。
バーはオリンピックバーとヘックスバーを用い、プレートはエレイコ製を使用。
デッドリフトは、バーベルデッドリフトの手幅を72㎝に指定したそうです。
つまり、ヘックスバーと手幅を一致させることで、可動域が同じになるようにしたんですね。
なのでヘックスバーも、ハンドルの高さはバーベルと同様です。
上で紹介した動画のように、ハンドルの高い位置は握っていません。
実験では、下記の動画のようなタイプのヘックスバーを使用しています。
EMGで活動を計測した部位は、
大臀筋(Gluteus maximus) ←お尻の筋肉
大腿二頭筋(Biceps femoris) ←ハムストリングの一部
脊柱起立筋(Erector Spine) ←いわゆる背筋
の3箇所。
さて、それではさっそく結果を見てみましょう。
筋活動の平均値(mean)を比較した結果、
大臀筋
ここから先は
¥ 100
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?