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『のだめカンタービレ』を見て藝大を目指したミーハーが『ブルーピリオド』を読んだら、やっぱり感動した話。

先日、Twitterで下記のツイートが流れてきた。

「あー、はいはい。芸大受験をテーマにした話題のアレね」

僕は曲がりなりにも、この漫画の舞台となっている東京芸術大学に、
約10年近く身を置いている立場…(いつ卒業するんだおまえは)

「よくある『芸大スゴイ』系テレビ番組とどうせ同じでしょ?
僕はこういうのに厳しいぞ??(煽)」

そんな気持ちで、フラグをきっちりと立てながら読み始めた。



ところで、僕は、非常にミーハーだ。

元はといえば、
2009年ごろに『のだめカンタービレ』を見て
「なんか音大ってかっけぇ!
東京…ゲイダイ? そこが1番いいのか?
じゃあそこにいくぞ!!!
という雑なノリで東京芸大作曲科受験を決めて、
ばっちり苦しんだ2浪を経て、入学した。

その後、5年間かけて学部を卒業、
1年間フリーランスで仕事をした後に、
なぜか
同大学院美術研究科先端芸術表現専攻に
友達の影響で入学し、
コロナで2年間休学し、
もうすぐやっと卒業できる
修士2年生(もうすぐ30歳)。

まあ、そんな人間だ。



なので、そんなミーハーが
この『ブルーピリオド』なる話題作の
無料で公開されている1話を読んでみたら、
まあとにかく他の芸大出身者から聞いていた前評通り、
ちゃんと面白かったんですね。(すみませんでした)

なので、しっかりとKindleで執筆現在までに公開されている1~12巻を
まとめて購入し、一晩で全部読み切った

藝大生としての感想

※ここから先は、ネタバレ含まれます。

『ブルーピリオド』の簡単なあらすじ

現在公開されている1-12巻は、
これまでのところ大きく2つの部分に分けられる

前半は、美術にまるで興味のなかった主人公である八虎(やとら)が、高校2年生の時にひょんなことから美術に興味を持ち、芸大受験を決めて、予備校に通いながら過酷な受験に立ち向かう「受験篇」

後半は、なんとか芸大油絵科に入学した八虎が、「それって絵じゃないとダメなの?」などの創作の根本を問う強い批判を教授陣に浴びせられ、それまでに培ってきた「受験絵画」「現代アート」との差異に困惑しながらも、少しずつ自分の作家性を模索していく様子を描いた「芸大篇」

リアルだなと思ったところ

作者さんが芸大出身なこともあり、ノンフィクションなのかと思うほど様々なディテールが圧倒的にリアルだった。

このリアルさというのは、たとえば

  • キャンパスのある上野周辺の建物の構造

  • 学内施設の配置

  • 藝祭(文化祭)の内容

などはもちろん、

  • 学内のロッカーや椅子の作り

  • 食堂の名物料理

    • 「バタ丼」という、豆腐ともやしをバターで炒めただけのシンプル高カロリー食品の癖にまあまあな値段がするけど、そこそこ美味い料理が昔から人気で、それが作中に登場する

  • 学長の様子

    • 作中で登場するキャラクターは一応全て架空の人物ではあるが、学長に関しては、明らかに前々代の宮田学長とおぼしき描写があった。

      • 入学式で、壇上で圧倒的な書道を披露する描写

      • 学長が自転車で徘徊する様子

など
芸大生なら誰でもクスッとなるほどリアルだった。

ところで
宮田学長時代の入学式での書道パフォーマンスについては
これは、2013年の入学式の時に僕も実際にみた

客席からでも迫力が凄くて
「これが…芸大のボスか…!!」
と血がたぎったのをよく覚えている。

ちなみに、その宮田学長は工芸科出身であったが、
その後任の澤学長はバイオリン科出身だったので、
澤学長時代の入学式では、
学長直々のとんでもなくレベルの高いバイオリン演奏が披露された。
僕は幸運にも大学院の入学式でこれも見ることができた

なんというか
美術や音楽で超一流の実力がある人が学長になるの、
ハンターハンターのネテロ会長みたいで超カッコイイですよね……


ともあれ
もしも『ブルーピリオド』を読んで芸大を目指す人がいたら
98%ぐらい作中の描写のまんまです。

(そういえば先日、吉本興行のマネージャーがリアル『ブルーピリオド』達成したニュースが話題になってましたね)


芸大の受験事情について


おそらく芸大の外の人にはなかなか理解し難い事情として、
現役合格生よりも浪人生の方が、基礎技術が高かったり、作家としてのアイデンティティが確立されていたりする傾向があるとたまに言われることがある。

「おい、おまえが浪人経験したからってポジショントークするなや」というご指摘はもっともではあるものの、
『ブルーピリオド』の作中でもこれはあるあるとして言及されていた。

この件に関して、
音楽と美術、両方に在籍経験のある自分の意見を言えば、
(現役だろうが浪人だろうが、入学後の個々の努力次第なのは大前提としても)
あくまで傾向として
音楽学部に関しては、現役合格する人の方が、
美術学部に関しては、浪人合格する人の方が、
入学時点で総合的な実力が高い傾向があるように思う。

というのも、自分の見てきた範囲では、

音楽に関しては
「なんでそんな早熟なの??神様ちゃんと仕事して????😇」
っていうぐらいの天才タイプの人達が
入試でまぐれ落ちすることがほとんどない
(本当に一回もそういう例を聞いたことがない気がする🤔)

なぜかというと、
音楽学部(※ここでは演奏家系の学科に限って話す)に関しては、
せいぜい3-5倍程度の受験倍率であるので、
いわゆる天才たちは
入試で測れる指標上でもハッキリと周りに点差をつけて
余裕合格してくるからだ。

一方で、
美術学部に関しては、
『ブルーピリオド』の中でも描かれている通り、
そもそもの倍率が20倍とかになることもザラである上に、
学部入試で測られる指標が、
どちらかというと技術寄り(デッサン力など)であるため、
どれだけセンスがよくても
受験する年度によっては、テクニック猛者たちに埋もれて
落ちる可能性はどれほどの天才でも否定できない
という事情があるように思う。

藝大生の入学後の葛藤について


これも本当に芸大の残酷な部分だなと思うところではあるが、
創作系の学科に関しては、往々にして、
入学までに培ってきた基礎技術
入学した途端に「綺麗サッパリ忘れる」ことを求められる。
(しかもそれが出来ない人は割と普通に嘲笑されがち

厳密には、忘れる必要はないのだが、
基礎はあくまで基礎であり、
それがしっかりしている人をわざわざ高倍率の入試で選抜しているのだから、入学以降は「大学でそれもうやる必要ないでしょ??」
というようなスタンスが、なんとなく雰囲気としてある感じがする。
なので、「個々の作家性に応じて適切な表現方法を模索させる」という聞こえの良い完全放置プレーが4年間展開される。(そんなことない研究室もある)

一応作曲科について

作曲科の話をすれば、
せっかく「ソナタ」やら「和声」やら「対位法」やらの
伝統的な書法を修めて
4次試験まである苦行入試(トータル20時間以上)をどうにかくぐり抜けてせっかく入学しても、
大学では、それらを全部捨てて
調性のない音楽を書くことを
いきなり要求されるのである。

「「「音楽理論どこいった😇😇😇」」」

中には
「ドしか使わずに曲を書いてこい」
という一休さんのトンチみたいな課題を要求する先生がいたり

即興演奏の授業に行けば
「よし、おまえはピアノを弾くの禁止
自分の身体だけ使ってなんかパフォーマンスしろ
と言われて、🦍みたいにウホウホとみんなで叫び回ったり…

ともかく、入学後にこの強烈なパラダイムシフトが強制される
(「別に強制じゃないよ😊」って優しい顔をする先生もいるが、
実質的には、まあほぼ強制されている)

そして、ここで一回挫折する新入生はめちゃくちゃ多い

ともあれ、
『ブルーピリオド』で僕が最もすごいなと思ったのは、
まさにこの挫折を主人公である八虎が経験していく部分である。

八虎少年は、高校2年生から短期間で基礎技術を猛練習して現役合格したせいで、作家にとってバックボーンとなるべき知識や経験が周りに比べて不足していることに悩むことになる。

そして、なんとか自分なりに色んなものにすがってみたり、真似したりしてみたり、しょうもない小細工をしてみたり、そしてそれを先生にはしっかりと見抜かれたりして……

「わかる…!!わかるよ……!!!八虎少年!!!!」


と多くの藝大生が共感しながら読んだのではないだろうかと思う。
僕も、なんならちょっと昔のトラウマが蘇った気がしたくらいだ。

おまけ: のだめカンタービレについて

ところで
そもそも『のだめカンタービレ』に憧れて芸大に入った人間として、
一応『のだめカンタービレ』について付言しておくと、
『のだめカンタービレ』に出てくる登場人物の言動は、
60%ぐらいは音大生あるあるな面もあるものの
音大の闇みたいな部分はあまり描かれていないような印象もあるので
のだめを夢見て芸大に入ると、
たぶん結構な乖離があるのでオススメしない。


その点『ブルーピリオド』は、
外見も内実も含めて、
そのまんま芸大という感じがしたので、
これはやはり名作だなと思った。

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