月9ドラマ『女神の教室』第5話の考察(弁護士の視点から)
第4話に引き続き、「女神の教室〜リーガル青春白書」第5話を見て弁護士視点で個人的に気になったことを、つれづれなるままに書き留めます。
柊木先生の課題
東京都迷惑防止条例
刑事事件についての検討の出発点は、問題となる行為が、刑罰を定める法律の要件(構成要件)を満たすかどうかです。
Xが現行犯逮捕された理由は、東京都迷惑防止条例の第5条第1項第2号ロに該当する行為をした疑いを持たれたからであると考えられます。
この規定は、「正当な理由なく」、「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為」として、公共の場所や学校で「人の通常衣服で隠されている下着又は身体を、写真機その他の機器を用いて撮影し、又は撮影する目的で写真機その他の機器を差し向け、若しくは設置すること」を禁止しています。
線引きの難しさ
柊木先生が、実務演習の前に、「線引きの難しさ」について話をしていましたが、まさに、この規定も、何が該当し、何が該当しないかの線引きが大変難しいものです。
なぜなら、「正当な理由」、「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせる」の線引きが、一見してよく分からないからです。
解釈の手がかりとなるのは、「公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」を禁止する第5条第1項第1号の規定です。この規定は、作中でも取り上げられていた痴漢行為を禁止するものです。この規定と並立的に置かれた規定であることから、撮影などによって「正当な理由」なく「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせる」行為とは、痴漢行為と同等、あるいはそれに近しい、大きな不安感を与えるものに限定されるものであると理解されます。
ただ、対象者に大きな不安感を与える撮影行為とはどのようなものなのかは、大変難しい問題です。過去の裁判例はあるものの、撮影行為によって対象者がどのような不安感を覚えるかは時代によっても変化するため、そのまま現代に当てはまるかどうかも検討が必要です。
Xの行為は東京都迷惑防止条例違反?
さて、Xの行為は、東京都迷惑防止条例に違反するのでしょうか。
例えば、特定の小学生を狙って(つきまといに近い形で)撮影を繰り返した場合には、対象者に大きな不安感を与えるため、東京都迷惑防止条例違反との結論になりえます。
しかし、単に、対象者を特定せず、通学風景を撮影しただけであれば、対象者からの不安感も抽象的なものにとどまり、東京都迷惑防止条例違反とはならないように思われます。
時代の変化とともに解釈が変わる可能性もありますが、おそらく、一般的な理解であれば、条例違反というのは難しいかと思われます。
これは憲法問題でもある
このテーマは、刑法だけではなく、憲法にもからむものです。東京都迷惑防止条例の規定は、解釈次第で、規制範囲が広くなりすぎるおそれがあります。
例えば、撮影行為については、報道目的でカメラマンがする行為も、態様によっては違反になりうるのではないかという懸念が生じます。
刑罰を適用する範囲が広すぎると、国民の人権が過剰に制約されることになりますので、憲法問題となります。
憲法の議論では、「過度に広汎性ゆえ無効の法理」と呼ばれます。
(ロースクール生たちも言及していたように)「迷惑な行為はできる限り取り締まってほしい」が、「規制範囲が広くなりすぎて身近な行為まで犯罪にされるのは怖い」というジレンマが、この課題におけるテーマの1つでした。
ロースクール生の周囲で起きる怪事件
東京都迷惑防止条例違反?
ロースクール生の周囲で起きていた怪事件が何かの法律に違反するか?という課題が議論されていましたが、これについても、東京都迷惑防止条例違反が問題になりえます。柊木先生から提示された課題は、怪事件についてロースクール生が検討するための手がかりだったのです。
東京都迷惑防止条例5条の2は、「正当な理由なく」、特定人への「悪意の感情」を満たす目的で、つきまとい、行動監視、著しく不快・嫌悪な気持ちになるような物の送付を禁止しています。
それぞれの怪事件については、これらの行為に該当するのではないかが問題になります。
怪事件の難しさ
ただ、怪事件が東京都迷惑防止条例違反であると断定するには、証拠が不十分です。なぜなら、それぞれの行為は複数のロースクール生に対してされたもので、「だれ」に対する悪意の感情を満たす目的でされたものかが不明瞭だからです。
この規定は、「刑罰を適用する範囲が広すぎる」ことによる問題が生じないように、適用範囲を限定しています。それゆえ、怪事件が「だれ」に対する悪意の感情を満たす目的でされたものかが明らかにならない限り、適用が難しいのです。
作中で、「警察は今の証拠では動けない」という話がありましたが、捜査機関として動きづらい理由が、まさにここにあります。
柊木先生の課題と怪事件とは、憲法が絡むところでつながっていたのです。
刑事弁護人の役割
柊木先生の課題に対してロースクール生たちが出した答えは、本人が再犯に至らないために、周りの環境を整えることでした。これはまさに、刑事弁護とはどうあるべきか?という課題ともつながる結論です。
刑事弁護についてよくある質問で、「どうして悪い人を弁護するのですか?」というものがあります。冤罪を防ぐことも大きな理由ですが、刑事弁護の意義はそれだけではありません。
罪を犯してしまった人が、「なぜ罪を犯したのか?」「どうすればもう繰り返さないのか?」を一緒に考え、時には諭(さと)し、本人を見守る家族や職場との調整、反省のための償いの援助などを行うことも、刑事弁護の重要な意義です。
ロースクール生たちの出した結論は、「どうして悪い人を弁護するのですか?」に対する1つの答えでした。
性犯罪の厳罰化に向けた刑法改正の動き
この回が放送される直前、法制審議会から、性犯罪に対する規制を強化する刑法改正の要綱案が示されました。
性犯罪に対する規制の動きは、近年、大きく加速しています。
ただ、「性犯罪は刑罰を重くするだけではなくせない」という課題があります。
(※「刑罰を重くすることに意味がない」という趣旨ではありません。)
性犯罪をなくすためには、単に刑罰を重くして終わりではなく、性犯罪に至る人の心理を解明して、政策的にどのような対策が必要なのかを多角的に考えることが求められます。
性犯罪の被害者が苦しむ自責感
性犯罪の被害者は、犯罪自体に苦しむだけではなく、「自分にも原因があったのではないか」という自責感に苦しむケースがしばしばあります。
照井さんが過去の性犯罪被害について柊木先生に打ち明けた際、「やめてください」といえなかった自分自身に対して憤りを覚えている、と話していました。照井さんも、自責感に苦しみ続けていました。
照井さんがこれまでだれにも過去のことを打ち明けられなかったように、性犯罪の被害者には、自分が受けた被害をだれにも言えずに苦しんでいる方が多くいらっしゃいます。
法律問題を深く取り上げた回
第5話は、迷惑防止条例や性犯罪を素材に、様々な法律テーマを深く掘り下げた回でした。さて、「藍井ゼミはこれからどうなっていくのか?」「柊木先生の運命は?」と、次回も見逃せません。
~おわり~
※ noteで執筆する内容は、私の個人的な見解に基づくもので、所属する事務所としての見解ではございません。
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