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Vegan 養生食200923

収穫した野菜であげものです。

・精進揚げ さつまいも、人参、ごぼう、しめじ、なす、ピーマン
・(付け合わせ)小松菜ゴマ和え、ズッキーニ素焼き、きゅうりのぬか漬け、キャベツの浅漬け、ブロッコリー、トマト
・ごはん 白米、玄米、ビタバァレ、もち麦
・きのこの味噌汁(味噌)
・納豆 梅酢、ゆかり、あおさ、海苔(酢)

精進揚げは動物性の材料を使わず、野菜を揚げたもの。何種類か揚げたものを五色揚げとも。塩を用意してますが、どちらかというと何もつけない派(?)です。衣に少し塩気つけてるので野菜が甘い。

揚げ油を何度も温めると酸化するので、なるべく一度に拵えます。
○精進揚げ衣 薄力小麦粉と片栗粉 1:1
 冷水、塩(なくてもよい)

粉と水を混ぜすぎないのがコツ。粘りが出るとゴチゴチ衣になる。

とはいっても難しい。
衣が厚くて、天麩羅というよりスナックみたいになっとる。笑
名人みたいに薄くカラッと揚げてみたい。
揚げてから食べるまでに時間がたってるので、しっとりしていやす。

(私)揚げ→(母)揚げ→両親食事→私食事

父が喫煙者のため同じ食卓につけません。なので、私だけ食事の時間をずらしています。個食とはいっても、すぐそこで母がテレビか本を読んでいるので、話し相手になってもらいます。

朝採りきのこ

だいたい「秋分の日」連休がキノコ採りの時期と重なります。去年は全然採れなかった。今年はまずまず。細切り大根か大根おろしを加えたキノコの味噌汁が今旬の味です。

五色:赤・黄・緑・白・黒 海苔ときのこが黒
和食の五味:塩・酢・醤油・味噌

日本の伝統かつ身近な料理、天麩羅(てんぷら)

天ぷらの調理法が日本に伝わったのは室町時代、ポルトガルにより鉄砲とともに「南蛮料理」としてもたらされました。ポルトガル語で料理という意味の「tempero」テンペーロが変化したという説。同じくポルトガル語の「temporas」テンポーラが語源という説があります。テンポーラとは「四季に行う斎日」、カトリックが行う祈祷や断食では、肉の代わりに魚や野菜を揚げた料理を食べていたそうです。
日本の天ぷらの起源とされる「長崎天ぷら」は、安土・桃山時代にポルトガル人が長崎に伝えたといわれています。衣は水を使わずに小麦粉・卵・酒・砂糖・塩を混ぜたもの。厚い衣には味が付いていて、食材と衣の両方を味わうものでした。
江戸時代初期になると"庶民の味"となって広まります。その時発達したのが、日本のファスト・フードでもあった屋台。寿司・うなぎ・そばなどと並び、天ぷらの屋台では串に刺した天ぷらが食べられていたそうです。
文献に初めて「てんぷら」が登場したのも江戸時代。1669年の『料理食道記』に「てんぷら」の名称が記されています。現在の天ぷらと思われる料理法が文献に登場するのは、1748年に刊行された『歌仙の組糸』です。
明治時代には天ぷら専門店や料亭が登場。素材や油・衣にこだわるようになります。客の目の前で天ぷらを揚げる職人が話題になるなど、高級料理としての地位を確立します。
全国で食べられるようになったのは、大正12年(1923年)に起きた関東大震災がきっかけといわれています。
昭和の太平洋戦争の戦時下では、食糧不足のため貴重な油を使った料理を楽しむことが難しくなり、「贅沢」「ごちそう」となっていきました。
戦後の経済復興により、食生活も豊かになっていきます。雑誌やテレビなどの普及に伴い、料理の情報が得られるようになり、旬の野菜や魚介類などを使った天ぷらが注目されます。高度経済成長期になると家庭でも手軽につくられるようになりました。同時に、スーパーの惣菜売り場でも天ぷらを中心とした揚げ物が人気となり、惣菜市場も成長していきます。現在では多くの調理場にオートフライヤーなどの高機能厨房機器が導入され、飲食店で食べる「外食」だけでなく、できたてを買って家などで食べる「中食」需要も高まっています。

(参考:昭和産業株式会社)

干しカボチャづくり2日目。

雨なので換気扇の近くに干して様子見。
半干しくらいになった。もう少しかなぁ。

朝兼昼

梅とわかめのおむすび、きゅうりのぬか漬け
高野豆腐の味噌汁(人参、えのき、こんぶ)

朝の味噌汁がホッとする~。

雨です。
川が濁って鮭を確認できません。それでも橋にはたくさんの人が集まっています。10月上旬くらいまで見られるので撮影できたらいいなぁ。ただ川の近くにいけないので、どこまでアップになるか。
とにかく、やってみないとですね。

いただきます。ごちそうさまでした。

200923 YUHUA O.

あなたのおかげで、勇気と希望が湧いてきますッ!