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短編アーカイブ「誕生日と鉄下駄と」

きっかけは、誕生日が同じ、ということくらいだった。

それを知ったのは、二十歳のときの同窓会だ。十五才だった彼女は、僕と同じ時間、年を取り、大人になっていた。その頃の僕が感じた「大人」というのは、彼女がブーツを履いていたっていう、それだけのことだった気がする。

十五才のときの彼女とは、特に仲が良かったというわけでもない。彼女に声をかけたのは、おそらくブーツ姿だったからだ。彼女は僕のことをよく覚えていて、そう言え ば誕生日一緒だよね、と、僕の知らなかったことを言った。

「え、同じ? じゃぁ、これからは毎年、誕生日おめでとうって伝え合おうか、メールと かでさ」

手にしたジントニックを片手に、僕は彼女にそう返事をした。

「そうだね、恋人がいないときはね」

釘を刺すように彼女はそう返して、カシスオレンジを飲み干した。それが十二年前の出来事だ。

それから、僕らは毎年「誕生日おめでとう」と伝え合ってきた。それは、彼女の言った約束と違って、どちらかに恋人がいるときもになっていた。そして、お互いに恋人のいない今年、初めて誕生日に彼女と会うことになった。それが、今日だ。

待ち合わせ場所にやってきた彼女は、パーカーにキャップ、下はデニム、足元はスニーカーという、誕生日とは思えないラフな格好をしてきた。それでも、スニーカーのピンクのラインが女子っぽい。そういう僕は、仕事帰りのスーツで、これまた誕生日の出で立ちではないのだけれど。

居酒屋に入ると彼女は、日本酒を注文した。僕は、泡盛だ。乾杯をしながら 「呑むもの変わったね」と、彼女が笑う。「十二年も経てば、そりゃ変わるよ」僕も笑う。

「でも、誕生日じゃないときは、泡盛なんて呑んでなかったよ」

誕生日以外なら、僕らは二年に一度くらいの割合で、会っていたのだった。

「そっちだって、日本酒なんて呑まなかったじゃん」

「今日は、誕生日だからねぇ」

「俺もね」

その店の看板メニューの「やきとん」に舌鼓を打ちながら、僕は彼女のスニーカーを見ていた。そうしていると、なぜか二十歳のころのブーツ姿がよみがえる。彼女は、その視線に気がついて、「なでしこっぽいでしょ」と言って、店のテレビに目をやった。そこには先日ワールドカップで優勝した、なでしこジャパンの映像が流れている。

「ピンクラインだしね」

彼女は「久保田」という名の日本酒を口にして、ふふふとこらえきれないように笑う。

「どうした?」

僕が聞くと、「修学旅行を思い出して」と言って、また笑い出した。それから、ちょっと落ち着くのを待って、彼女は話を続けた。

「修学旅行でさ、靴下は真っ白じゃなきゃダメっていう規則があったんだけど、覚えてる?」

というかそれは学校指定になっていて、修学旅行だからダメっていうわけじゃなかった気がする。まぁ今となっては、その規則もよくわからないのだけど。そんなことを答えてみると、彼女は「でもね」と続けた。

「女子の間では、ワンポイントのデザインならいいんじゃないかって、けっこう反発した んだよね。でもそれは好ましくないからダメってなったんだけど。それでムカついて、密かに靴下の見えない部分に、ピンクのハートマークを入れたの。変な反抗の仕方だよね」

そうか、可愛い反抗だ、そう返すと、彼女の久保田はすすんでいった。

「うん、可愛い。さらに可愛いのが、えっと、清水寺に行ったでしょ。本堂の入り口にさ、鉄下駄があったわけ。その鉄下駄を触ると、女の子は一生履物に困らないって書いてあって、だから触りまくったんだよね。靴下の怨念の如く」

あぁ、そうか。僕が彼女のブーツやスニーカーに目がいってしまうのは、そのせいなのか。なんだか謎が解けたみたいで、僕は思わず、大きく深く頷いた。

「それ、効果あったじゃないかな。なんか、俺、好きなんだよね、ブーツもスニーカーも、それから……」

少し酔ってきたのか、僕は余計なことを言いたくなる。彼女は、キョトンとした顔をした あと、視線を外して、小さく言った。

「鉄下駄、触った?」

「え?」

どう答えたら正解なのかわからず、僕はとりあえず泡盛を飲み干した。

「鉄下駄を触ると、男の人は、浮気できなくなるんだって」

僕は、即答した。

「触った、触った、触りまくった!」

彼女は、ふふふと笑いながら、「誕生日おめでとう」と、グラスを持ち上げた。

僕らは、一つ、年を取った。

(2011)

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