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第5回 『問いからはじめる社会運動論』をどう読む?①

————:ここからは原田先生に『問いからはじめる社会運動論』へコメントをいただきます。

原田峻『ロビイングの政治社会学』という本を書きました、原田峻と申します。いま(前回記事)、話題に出ていたことは、私も言おうか言わないか、迷っていたところでした。この本を最初に手に取ったとき、著者5名のうち4名が女性だということは、私にとって少し驚きだったんですね。連想したのは、先日、日本社会学会で代議員選挙にあたって会員のジェンダーバランスが公開されていたんですが、男性が65.4%だったんですね。ほかの学問に比べてどうなのかはわからないですけど、社会学全体でもジェンダーバランスの偏りがあることを考えると、意味が大きいことかな、と。社会運動論では女性研究者が活躍されている印象もありますが、このことは裏テーマとして聞こうかと思っていたので、いまの経緯を聞いて納得しました。

————:そういう意味でも、新しい世代の教科書、ということになるでしょうか。

原田:これまで、社会運動のテキストや研究動向を日本語の学術書にかぎって把握するなら、先ほどから何度も出ている『社会運動の社会学』もそうですし、同じメンバーによる『社会運動と公共空間』とか、『講座社会学』も2000年代に出ていたわけですし、付け加えるなら野宮先生たちの『社会運動と文化』も、その少し前くらいに出ています。解釈的なものも、因果説明的なものも、この時期にまとまって世に出ていた印象が私もありました。海外文献の邦訳も、タロー『社会運動の力』が2006年に出ていますし、2009年に邦訳されたクロスリー『社会運動とは何か』も、すごくわかりやすい本ですね。

————:それらと比べると、今回の教科書はどんな印象でしょう?

原田:院生時代にこうした本で社会運動を勉強した立場から振り返ると、2010年代は世界的にさまざまな社会運動が隆盛を見せて、いろんな事例が出てきて、個別の単著というかたちならいろんなテーマの研究が出ていたと思うんです。けれども「2010年代の社会運動」として把握できる本は、この10年間出てなかったのではないかと思っています。小熊英二さんの本とか富永京子さんの本とかは、それに近いですけれども、社会運動の全体像を学ぼうとするにはなかなか本がなかったと思います。その意味で「待ちに待った刊行」として『社会運動の現在』『問いからはじめる社会運動論』が立て続けに出たのは、歓迎すべきことだと思っています。

『問いからはじめる社会運動論』の特徴の1つ目として、濱西さんが「はしがき」で明確に書かれているとおりですが、まずは「意義・意味」「因果関係」で、すっぱり分けたところだと思います。これも社会運動研究者だったら「言われてみればそうだよね」と、納得できることだと思うんです。それでも、たしかにここを完全に分けているテキストって、私が知るかぎりなかったんですよね。

————:やはりここがキーポイントなんですね。

原田:私自身は、この区別をなにで知ったかというと、さっきの『社会運動と公共空間』のなかで、大畑裕嗣先生がこういうことを「解釈」「説明」と書かれていたのを読んで、なるほどこういう分け方があるんだ、と知った記憶があります。でも、それが明確に書かれているテキストってなかったな、と。学部生や初めて学ぶ方が、その区別を知ったうえで勉強すると、たしかにすごくわかりやすいなと思ったわけです。

濱西:ありがとうございます。

原田:2つ目の特徴として挙げたいのは、「問い」を中心に書かれているということですね。つまり、いきなり答えを与えられるのではなくて、学部生がどうやって研究を組み立てていくのかを学ぶときに、最初にまず本人の問い、問題意識があって、そこからこういうプロセスで研究をしていくんだよ、ということを追体験できる仕組みですよね。同業者的にもすごくおもしろかったのは、「この人ってこういう苦労とかこういう出会い、こういう工夫があってこの本にたどり着いたのか」という舞台裏が楽しめておもしろいわけで、それを知ったうえでみなさんの本をあたらめて読むと違ったおもしろさを感じられると思いました。たぶんみなさん、この本を楽しく書かれたのではないかな、というのが勝手な印象です。もちろん、どんな書き物も「生みの苦しみ」はあると思いますけど、たぶんみなさん、ほかの論文を書くより楽しかったんじゃないのかな、と。私も1章書きたかったな……というのは独り言ですけれども(笑)、そんな印象をもちながら読みました。

————:なるほど(笑)、ありがとうございます。ほかにも「読みどころ」があったら教えてください。

原田: 読みどころとして、まずは取り上げられた「事例に関する知識」「社会運動ないしは関連領域の理論に関する知識」、そして「調査方法や研究方法に関する知識」、この3つがどの章でもかっちり押さえられています。1粒で3度おいしいというか、1つの章を読めばこの3つが学べる、というのを繰り返しながら読めるという。表に整理すると、3×6=18のこういった知識が得られるというのは、すごく「お得」というか、教科書としてもすごく理想的なことなんじゃないかと思います。

図1

原田:ここで表にしたのは意図があって、読者は、1章、2章、3章と横に読んでいくんですけど、縦に見てみるとこの本の特徴がわかるかなと思って、表にしてあります。

(1)事例に関して縦に順番に見ていくと、さっきの青木さんのコメントのとおり、たしかに「尖っている」んですけど、やはり工夫されているのも見えて。たとえば、国外/国内のバランスを取るために、日本だけではなくドイツの事例が入っていたり、ジェンダーのバランスも考えられている。バックラッシュは2000~2010年代、本当に世界的に問題になりましたけど、いわゆるリベラルな運動だけでなく、バックラッシュ側の保守的な運動も取り上げている。あるいは今の問題だけではなくて、1960年代の学生運動も取り上げられている。テーマの範囲としても、グローバルの問題であったり、サミットの問題から、労使問題といったものまで、本当にいろいろなかたちで包含されてると思います。
(2)理論に関しても、枠組み的、社会運動の教科書的にいってしまうと、「動員構造」「フレーミング」「トゥレーヌ(の理論)」なんかは入るだろうなという感じなんですけど、たとえばフェミニズムに関するものは、もしかしたら社会運動の教科書では取り上げられない、むしろフェミニズムとかジェンダー研究の教科書のほうに任されるようなところがあるテーマも、きちっと取り上げられている。あるいは「予示的政治」「戦略的政治」といった運動にとって大事なテーマをここでがっちり書かれている。デモの物理的環境を扱った議論もすごくおもしろかったですね。

(以下、第6回へつづく)


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