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ウィズコロナの教育と出版が目指す先に(1/3)【座談会:学術書出版3社×著作権法学者が語るいまと未来】

コロナ禍で、オンライン授業が急速に導入された教育現場。著作権法の制度はどのように教育現場に影響があるのか、またその課題はなにか。

教育現場と研究者のための著作権ガイド』執筆者のおひとりである今村哲也・明治大学教授と、学術書出版3社(勁草書房、東京大学出版会、有斐閣)が、新規定にどのように対応するかを率直に話し合いました。

本座談会は、2021年2月16日に収録されました。
『書斎の窓』ウェブ版で、電子ブック形式にてお読みいただけます。

(参加者)
今村哲也 明治大学情報コミュニケーション学部教授
黒田拓也 一般財団法人東京大学出版会専務理事
井村寿人 株式会社勁草書房社長
江草貞治 株式会社有斐閣社長

(目次)
はじめに
新規定の概要と転回
出版社から見た改正

2020年度の運用を振り返る
次年度以降に向けた課題
教育と出版社の協働、未来へ

はじめに

江草(有斐閣):平成30年、「教育の情報化」を目指して、著作権法が改正されました。新しい権利制限規定が盛り込まれたことで出版社には緊張が走りました。その運用指針の策定のための関係者間調整が難航するなか、新型コロナウイルス感染症の拡大への緊急対応のために1年間は無償で新規定を運用するという、異例のスタートとなりました。

昨年の混乱の中で、大学ではどのように講義が行われ、学生の学びや先生方の研究にどういう影響があったか。出版社にはどんな要望が届いたか。新規定が果たした役割と運用上の課題は何か。さらには、この制度を通じて、高等教育や、高等教育に寄り添う出版はどう進化していくべきか。

今日は、法改正と運用の調整に深く関わってこられ、『教育現場と研究者のための著作権ガイド』の執筆に参加された今村哲也先生を、学術書出版3社で囲み、そんな未来への手がかりとなるお話ができればと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

新規定の概要と転回

江草(有斐閣):この制度がどのように検討されてきたかを簡単に振り返っておきます。

改正前も、教育機関の授業における著作物の利用として、対面授業のために複製することや、対面授業で複製したものを同時中継の遠隔合同授業のために公衆送信することは、35条により無許諾で可能でした。

しかし、その他の公衆送信は権利の許諾が必要で、学校等におけるICT活用の推進を考えると見直す必要があり、最終的に、文化庁文化審議会では、教育の公益性に鑑み、公衆送信を広く権利制限の対象とすることが適当であるとまとめられました。複製機器等の普及状況を踏まえると、軽微な利用が軽微とはいえない形で不利益を及ぼしているので、補償金は必要だけれども、無償で行えた行為を補償金の対象にしてしまうと教育現場は混乱するので、新たに権利制限の対象とする公衆送信のみを補償金の対象とするとして、今回の法改正になったということです。

今村(明治大学):複写の機器の普及拡大に伴い、現行法ができた当初から状況が変わってきた事実は審議会でも認識していましたし、私も含めて、複製も補償金制度の対象にしてもという意見は当然あったわけです。

もともと、教育の場面における複製は、当時は複写機もそんなに普及していませんでしたし、学校の現場で、たとえば35人くらいの教室で著作物を使うとか、非常に閉鎖的な空間の零細な利用として、私的複製の延長線上にあるものと位置づけられていました。ただ、30条(私的複製)に入れるには範囲が広すぎ、趣旨も変わりますから、35条を外出しする形で制度を作った。そういう経緯があって、基本的には30条が無償だから35条も無償だし、当初は無償でよかったと思います。

しかし、今回、教育の情報化やICT活用教育の推進という政策を実現するために、いわばポリシーチェンジがあった。35条の規定の趣旨自体がガラッと変わったと、私は思っています。公衆送信を補償金制度に入れる部分は、ICT活用教育や教育の質の向上を実現するためにさまざまな取り組みが求められるという、どちらかというと積極的な措置と見たらいいのではないでしょうか。最終的に公衆送信だけ補償金つきになったのは、結果としては公益を実現していくスキームとして適切なところに落とし込んだのかなと思います。

今まで35条は、私の立場からすると、消極的な規定で、できるだけ制限的に解釈すべきだと思っていたんですね。たとえば受講生の人数に関しても、300人だと多すぎる、権利者の利益を不当に害するからいけないという議論が昔からありました。今回補償金つきということもあるかもしれませんが、複製も含めて、クラスサイズであれば認めるという議論を出版社も受け入れることができた。それはやっぱり単なる権利制限でなく、ICT活用教育とか教育の質の向上という公益性を、関係者がこの規定に関して意識し始めた結果かなと思います。

出版社から見た改正

井村(勁草書房):私が審議会に出て改正の話を最初に聞いた段階では、それほど大きな問題じゃないんじゃないかと思っていたんです。というのは、今まで同時送信について権利制限を行っていたものを、遠隔地に向けた異時送信に関しても行い、ただそこに補償金をつけますという説明だったんですね。ですが、権利者間で話を進めていくにつれて、どんどん使い方が広がっていく。これは考えていたのとまったく違う世界に来てしまったと強く感じました。

今回の補償金は、出版権者には受け取る権利がありません。それは仕方のないものと理解していますが、結果的に補償金のスキームだけが先行し、(権利者の許諾が必要な利用につき包括的に処理をするシステムとして継続検討中の)ライセンススキームが後回しになったことで、出版社にとってみれば権利制限で出版物が広く使われてしまい、なんの補償も与えられていない状態が起こりつつある。これでは制度のあり方、設計の仕方に、納得いかないものが残ってしまいます。

黒田(東大出版会):今村先生が仰った公益の実現はとても共感するところです。それは前提として、一方で、デジタル化と出版の関係のなかにおいて、さまざまな問題があることも確かです。

たとえば、ある大学で使われていたパワーポイントの教材では、何百というスライドの中に、ある本の中の文章が少しずつはめ込んであって、結果的にその引用元の本の内容がほぼまるごと使われてしまっているものもありました。そんな事例に接すると、法律の大きな趣旨は理解するにしても、ではどういう幅のなかで制度が作られていくのかは、当然気になります。一方で、デジタル化をより推進していこうとしているところだったので、そのことが教育の質の向上のためにどのような役割を果たせるのか、そうした考えをより深めていきたいと思います。

江草(有斐閣):危うい事例をたくさん見てきたこともあり、不安いっぱいで運用指針の議論に参加していたんですけれども、利用者側はあれこれに使いたいと希望をたくさん持っていらして、運用指針の議論は、最初は呉越同舟とはこのことだなと感じました。未来の日本の教育のために手を携えて進んでいくことに間違いないのですが、スタートラインについてはずいぶん違っていた印象でした。

今村(明治大学):出版社にとっては、個々の教員がどういう形で著作物を利用しているかに強い関心があると思うんです。かたや教員たちにとって、よその教員が何をやっていても自分にはあんまり関係ない。そういった意味では、高等教育機関全体のコンプライアンスの問題として考え直す部分が大いにあると思います。

審議会の報告書〔PDF:2MB〕では、今回制度を作るうえで教育機関における著作権法に関する研修や普及啓発も大きな目標にしているわけなので、教育機関の対応が足りておらず、出版社のほうがよく気づく部分が今までたくさんあったと思います。今後是正される部分もあるでしょう。

江草(有斐閣):手前味噌ですが、『教育現場と研究者のための著作権ガイド』が溝を埋めていく必読書になればいいですよね。

(next→2020年度の運用を振り返る)


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