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読書の記録 #1 『東方綺譚』

2020年代の最初の日に読んだ一冊は、『東方綺譚』(著・マルグリット・ユルスナール/訳・多田智満子、白水社)。

各地の古典物語や伝説を手がかりにフランス人作家が想像で紡いだ、いわば“ジェネリック・神話集”だ。

ヘルツェゴビナやアルバニアなどの東ヨーロッパから、インド、中国、日本と、筆者が物語を蒐集してきた「東方」の地理的定義は、世界のほぼ半分を呑み込んでしまうほど広大で面食らってしまいそうになる。

窮地に追いやられた師の画家を救うため蘇る弟子(中国)、石塔に埋め込まれてもなお子のために2年間にわたり乳を与え続ける幼い母(アルバニア)、墓掘りに堕ちてまでも愛する男の屍体と首を守り抜く寡婦(ギリシア)、俗世から離れて晩年を過ごすも過去と現在の恋慕を立ち切ない光源氏(日本)……

もし、これらの物語に広大な世界を超えて通底するテーマがあるのだとしたら、それは「信仰心」にとても近しい、「愛への執念」を持った人間の強さなのかな、と思う。

世の中的にも、昨年カニエ・ウエストが『JESUS IS KING』のリリースでこれでもかというほどに提示してきた「信仰への回帰」というのが20年代以降の世界にどう作用するのか気になっていて、(もはや82年も前に書かれたこの小説自体が古典ではあるのだけれど)こうした神話を下敷きにした強靭な物語は、インターネット以降の「神話なき世界」で、いま一度見つめ直すべき時が来ているのかもしれない。

そして、逆に確固たる「信仰心」を「愛への執念」に置き換えることができるのかはとても難しい問題だけれど、特定の宗教に入信するのでもなければ、アイドルや二次元のキャラクターを教祖に仕立て上げるのでもなく、個人が心の中に小さな教会を築くぐらいの慎ましい形で「信仰」を再解釈することで、また新しい10年を乗り越えていけたら良いなあ、と考えている。

2020.01.03

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