田中雄飛

書きもの何でも。

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最近の記事

健康の悪魔

あれからというもの、生活は劇変した。 毎晩15分走る。 夕食は22時より前。 人と会う日以外は酒呑まない。 なるべく早く床に就く。 休日でも朝起きる。 日曜昼からジム通う。 そんな健康きわまりない生活を送っているのだから、生は当然のごとくかがやきを取り戻してゆく。 バランスの取れた食生活は、身体のみならず精神にも充足感をもたらす。 定食の主菜は肉から魚へ。さばの味噌煮、しまほっけの炭火焼き、すけそう鱈の黒酢あん。プラス100円の納豆も欠かせない。背徳感なんてみじんも感じ

    • さいごの豪邸

      豪邸は興奮する。 松濤、白金、披露山、六麓荘町。目まいがするほどの大豪邸が立ち並ぶ高級住宅街を散策する動画は、いつまでだって眺めていられる。 構造や設備など、豪邸の内部には興味がない。ただ、圧倒的な富を得た人々が「家」という建築物を媒体に、自らの威光をすべての通行人に向けて24時間365日休みなく放ち続ける、そのエネルギーだけが自分を高揚させるのだ(これは一種のフェチズムなのかもしれない)。 そんな自分の生活圏で、豪邸中の豪邸が発見された。つい一ヶ月ほど前のことだ。

      • 読書の記録 #9『むらさきのスカートの女』

        ※一部、作品のネタバレを含みます※ --- “その時だった。むらさきのスカートの女は、ちょうど自分の正面に立っていた男の子の両肩にポンと手を置き、満面の笑みでこう言ったのだ。 「つーかまーえたっ」 うわあああ、やられたあ。叫び声のあとに、笑いと拍手が沸き起こった。 ナイス!やるじゃん! 子供たちの手のひらがむらさきのスカートの女の肩や背中をばんばん叩いた。” この物語のあちこちに漂う強烈なはりぼて感は、あまり出来のよくない演劇を見ているような違和感は、いったい何なのだろ

        • 読書の記録 #8『植民地のあとに残ったもの』

          “あの大佐は変態だ。まるでここがすべて自分のものであるかのようにああだこうだと偉そうな口を利きながらホテルのなかを歩き回り、齢五十をとうに過ぎた老年にしては目の前に女性がいると襲いかかる方法を考えずにはいられないのだ。” 野蛮でグロテスクで強烈な書き出しから始まるその物語は、ページにすればたかだか15頁を経て、こんなにも切なく幻想的で、美しい一節で幕を閉じる。 “彼は手すりに身をのり出し手を振って別れを告げていた。しかしあの距離で逆光とあっては、その別れが私に向けられてい

        健康の悪魔

          読書の記録 #7『バクちゃん』

          “この世界では全然少ないんだ バクちゃんをバクちゃんと認めるものが 銀行やケータイも大事だけどそれよりも 世界と繋がりあえる線の数  この場所で生きていけるという感触が 私たちよりずっと” 夢という資源が枯渇してしまったバクの星からひとり地球にやってきた移民のバクちゃんが、東京という場所で自分にできることを見つけていく。『バクちゃん』(増村十七/BEAM COMIX)は、いま移民が生きるタフな現実を、優しく突きつけてくれるマンガだ。 ・・・ 居酒屋。出張花屋。コールセン

          読書の記録 #7『バクちゃん』

          読書の記録 #6『死ぬまでに行きたい海』

          四ツ谷。初台。海芝浦。上海。バリ。YRP野比。 『死ぬまでに行きたい海』(岸本佐知子 著、スイッチパブリッシング』は、“鬼がつくほどの出不精”という岸本さんの「見聞録」(主に)をまとめたエッセイ集だ。 ふせんを貼った箇所を読み返していると、どうも自分は岸本さんの「羅列」を面白がっていることに気づく。 ・・・ 例えば、OL時代を過ごした赤坂見附を“ソバージュの気配”とともに歩きながら、岸本さんはこう羅列する。 “また246に突き当たり、私たちは最後の通りを赤坂方面に引

          読書の記録 #6『死ぬまでに行きたい海』

          読書の記録 #5『奈良へ』

          ※一部作品のネタバレを含みます※ --- ”だって小山さんそんなの少しも興味ないでしょ 学校に行けばいじめられ人間を少しも信用せず 王道より邪道を正当より異端をのぞみ、 ひねくれた目で世の中をみている。 人間のクズでしょ” 『奈良へ』(大山海/torch comics)という作品は、ある側面では「厨二病を拗らせたモテないアングラ漫画家の私怨」を、これでもかと注ぎ込んだ自伝的マンガである。 マイナー誌のマンガ家・小山(つまり作者)、文化系ヤンキー・清島、仕事を奪われた航

          読書の記録 #5『奈良へ』

          読書の記録 #4『供述によるとペレイラは……』

          「シンクロニシティ」という言葉がある。 意味のある偶然の一致、と意味だそうだ。 1930年代のリスボンと、2020年代の東京。 腐敗したファシスト政権と、自民党政権。 新聞記者のペレイラと、編集者の自分。 『供述によるとペレイラは……(アントニオ・タブッキ著/須賀敦子訳、白水社)が自分にもたらしたのは、(能動的に手にとったのにも関わらず)まるで今読むべき本が向こうからやってきたような、そんな気さえしてしまう読書体験だった。 ・・・ この物語は、タイトルの通りある事

          読書の記録 #4『供述によるとペレイラは……』

          読書の記録 #3 『盆栽/木々の私生活』

          ものを書くということには、膨大な時間がかかる。だから、ものを書くということは、何かを待つのための時間を埋めるのに丁度いい。 …あと1日、いや一週間、ひょっとしたら二週間後に届く返信を開いて、自分は絶望しているだろうか? それとも、救われているだろうか? そんなことを考えているとき、自分という存在は物語の一部となっている。時をわたって、未来から現実を見透すことさえできる、この「物語」という表現方法がとても好きだ、と改めて思った。 ・・・・ 『盆栽/木々の

          読書の記録 #3 『盆栽/木々の私生活』

          読書の記録 ♯2 『TRANSIT 46号 中国四千年の食をめぐる旅』

          麻辣を食べたかのごとく、『TRANSIT 46号 中国四千年の食をめぐる旅』(euphoria Factory)に痺れっぱなしだ。 雑誌を毎週なり毎月なり購読し続けるという習慣は、体力・精神面ともにストイックすぎてどうにも苦手である。そんな自分にとって「雑誌」とは、年に数回、会わない時には数年に一度くらい顔を合わせる、ゆるやかな関係性の友人のような存在かもしれない。 その中でも、そもそも3ヶ月にいっぺんしか顔を見せないので、人付き合いの悪い自分でも何とか程よい距

          読書の記録 ♯2 『TRANSIT 46号 中国四千年の食をめぐる旅』

          読書の記録 #1 『東方綺譚』

          2020年代の最初の日に読んだ一冊は、『東方綺譚』(著・マルグリット・ユルスナール/訳・多田智満子、白水社)。 各地の古典物語や伝説を手がかりにフランス人作家が想像で紡いだ、いわば“ジェネリック・神話集”だ。 ヘルツェゴビナやアルバニアなどの東ヨーロッパから、インド、中国、日本と、筆者が物語を蒐集してきた「東方」の地理的定義は、世界のほぼ半分を呑み込んでしまうほど広大で面食らってしまいそうになる。 窮地に追いやられた師の画家を救うため蘇る弟子(中国)、石塔に埋め込ま

          読書の記録 #1 『東方綺譚』