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人の気持ちを楽になるように情報を使う!

知識って、単に情報を提供するという感覚で使うことが多いかと思うんですが…

単に自分が正しいと思うことや、聞かれた知識を答えるだけでは、講師や先生として思いやりがないなぁ…と!

小2 の娘が最近『デリカシーがない』ってどうこと?どういう意味?と言ってくるのですが、まさに、知ってる情報をそのまま伝えるだけでは、デリカシーがない、と思うのです。

この前、認知症の講演で『施設入所の認知症の母が、認知症が進んで反応が悪くなっています。そのうえ、アクリル板越しの面会で…家から電話だけでもと思って、かけて話しかけたりしています。私がやっていることが、一方的で意味がないんじゃないかと思ったりもするんですが、先生はどう思いますか?』

こういう質問でした。この質問が来たからには、『あなたがやっていることに意味がある』というためのエビデンス、情報を考えつく限り、提供しなければ、と思って、考えつく限りお話しました。


講師はヒーラーだと思った話をこの前しましたが、講師は『情報ソムリエ』でもあると思うんです。


知識や情報もあるがまま、あるだけ伝えるのではなく、その人の気持ちに沿うような情報、その人の気持ちが楽になるような情報を伝えることが、本当の先生の醍醐味かもしれないと、その質問で気付かされたんです。


結局アインシュタインレベルの賢い先生も、持論があって、自分が正しい、相手が間違えていると感じていて、けんかしていたりします。正しいと思う情報をただ伝えるだけでは浅いんじゃないかと思うんです。


情報も相手が傷つかないように、相手の気持ちが楽になるように使えたら、その時に情報にホントの意味が生まれるのかもしれない。


そのように最近、講演で質問してくれた人のおかげできづくことができました。


あなたも人の気持ちが楽になるように、情報を使ってみませんか。

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