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障害者雇用で「1日待機状態」とは。自殺訴訟に至った判例も

働き方改革が叫ばれる今日、「長時間労働を減らそう」と盛んに言われる。一方で、「仕事が少なすぎて1日暇」ということで悩んでいる人がいる。

「1日暇? いいじゃないか」と言うのは正しいだろうか。実は、職場で1日何もせず席に座っているだけ、というのはかなり精神的にストレスがかかるものである。他の社員は忙しく働いているのに、自分だけ働かないでいていいのか、と罪悪感を持つこともある。過重労働で負荷がかかる苦痛に比べて、仕事が少なすぎるという苦痛は理解されづらい構図がある。

特に、障害者採用で入社したが、「1日待機状態で、居るだけになってしまう」という人がいる。

「共感して入っただけに残念な思い」

セールスフォース事件をめぐる調査報道では、「私も合理的配慮が守られておらず、1日待機状態だった」という元社員Bさんの体験談が出てくる。

同社を相手取り提訴した発達障害の元社員(2018年11月~2020年11月在籍)と同じような時期に、Bさんは同じ会社に半年間在籍していた。

「組織再編があったからといって、入社直後から仕事がない状態は、必要とされていない感じだった」

入社後に組織再編があった影響もあって、仕事量が非常に少ない状態が続いた。1日の勤務時間のうち90%が待機状態だった日もあった。

入社時に提出した書類に基づき、「双極性障害への合理的配慮」として「2週間に1回、上司と面談する」という取り決めがされたことも、マネジメント経験が豊富な上長は部下をたくさん持ち、多忙であったため、面談が実施されない期間があった。

実際の業務の指示・監督はマネジメント経験がないと思われる人で、自身の通常業務に追われており、Bさんへの対応まで手が回っていなかった印象を受けたという。

Bさんは上司や定着支援員に相談したり、社内の研修プログラムで仕事に必要な知識を身に付けるなど改善を試みたにもかかわらず、解決されなかった。Bさんにとっては「平等などのコアバリューに共感して入っただけに残念な思い」となる出来事となった。

居るだけの末に自殺、法的責任問えないか

これは、企業に障害者の雇用率をある程度維持しなければならない現実があるからこそ起きやすい(「障害の有無関係なく活躍」とうたっている企業でも)。だからこそ一般社員には理解されにくい(一般社員でも中途障害を持ったり、障害をクローズで働いていた後に障害が判明したケースでは起こり得る)。

しかし、「居るだけになってしまう」という問題をめぐっては、既に裁判も起きている。

食品会社A社(障害者雇用枠採用社員)事件(札幌地判 令元・6・19 )
Kが自殺した原因は、Kの上司Dの発言及びYがKの要望に応じて業務量を増加させなかったことなどにより、極度に強い心理的負荷を与えられうつ病の程度を悪化させたことにあるとして、Kの母であるX1が、KのYに対する損害賠償請求権(主位的には不法行為〔使用者責任〕に基づくもの、予備的には安全配慮義務違反を根拠とする債務不履行に基づくもの)を相続したこと、また、X1及びKの妹であるX2がKの死亡によって精神的苦痛を受けたことを理由として、Yに対し、Kの損害賠償請求権の相続を伴う損害を含むKのX1の損害及びX2の損害等の支払を求めたもの。

労働判例1209号64頁

Kさんは前職の書店勤務でうつ病を発症して離職後、2012年11月に障害者雇用枠の事務職で食品会社に入社し、工場に配属された。5か月経った2013年4月、Kさんは上司Dさんに「仕事が少なくて辛い、このままでは病気を再発してしまいそう、自分を雇用する必要がないのでは」と訴え、それに対してDさんが「障害者の雇用率を達成するため」という発言をしていた(既に法定雇用率を上回っていたが、伝えなかった)。Kさんはこれにショックを受け、早退・欠勤していた。ここで、Kさんが就労支援を受けていたNPOの支援員が間に入ってDさんと面談することになり、仕事の少なさは一時改善された。しかしKさんは5月にまた、支援員に、「2時間半にわたって何もすることがなく、インターネットを眺めていたが、何もいわれなかったこと、休憩室で寝ていても、誰にも何もいわれないのかもしれないこと、やるべきことが思い付かないことを悩んでいる」というメールを送っていた。支援員がDさんと面談したところ、Dさんは「今すぐ急激に業務量を増やせないものの、現状を改善したい」などと述べた。だがその後、Kさんが新たな業務を担当することはなかった。Kさんは、7月末から1カ月間、「抑うつ状態」との医師の診断に基づき欠勤。9月に復職したが、同月に自殺した。

そして裁判所の判断は。

一般に、使用者側は、雇用する労働者の配置及び業務の割当て等について、業務上の合理性に基づく裁量権を有すると解されるが、労働者に労務提供の意思及び能力があるにもかかわらず、使用者が業務を与えず、又は、その地位、能力及び経験に照らして、これらとかけ離れた程度の低い業務にしか従事させない状態を継続させることは、業務上の合理性があるのでなければ許されない。そして、上記の状態の継続は、当該労働者に対し、自らが使用者から必要とされていないという無力感や恥辱感を生じさせる危険性が高いといえ、上記の状態に置かれた期間及び具体的な状況等次第で、労働者に心理的負荷を与えることは十分にあり得るところである。

同判例

Dは、Kの相談内容から、Kが無価値感を感じ、悲観的思考に陥っていたことを認識し、かつ本件発言(「障害者雇用率達成のため」)が、そのような状態にあるKに悪影響を与えることを認識し得たのに、本件発言をしたということができるから、Dには注意義務違反があったと認められる。(中略)このことは、「Kがうつ病にり患している障害者であることがその雇用理由である(少なくともその理由の一つである)と説明するに等しく、配慮に欠き、心理的負荷を与えるものといえる。

同判例

実際に、Kさんに一定のストレスがかかっていた事実が認定されている。しかしこの判決では、会社の対応とKさんの自殺との間に因果関係があるとは認められなかった。この事実認定には疑問がある。

事業者側の過失責任を問ううえで、うつ病の既往歴など精神障害があると、自殺と不法行為との因果関係の認定はどうなるのか。

厚労省サイトでダウンロードできる「精神障害の労災認定」という資料がある。それによると、発病後の悪化については、「特別な出来事(生死に関わる病気やケガ、性暴力、極度の長時間労働など)」「心理的負荷が強度とされる出来事(重度の病気やケガ、業務関連の重大な事故、業務関連の重大なミスと事後対応、退職強要、パワーハラスメント、暴行、ひどいいじめ・嫌がらせ)」がなければ労災認定になりにくい。

上司Dさんは「障害者雇用率達成のため」と発言していた点で配慮に欠け注意義務違反であるが、労災認定にはならない、という理屈だった。

一般に精神障害者は、健常者よりもストレスに弱い場合が多く、「因果関係を何でも認定するようになると、精神障害者を雇用するリスクが極めて大きくなってしまう」ということで、時に事業者側に寄り添いすぎる判断がされることがあるという。

Dは、KがYに雇用される前の時点において、Kがうつ病にり患していることを認識していたところ、使用者には、障害者基本法上、個々の障害者の特性に応じた適正な雇用管理が求められていること、精神障害を有する者は、ささいな心理的負荷にも過大に反応する傾向があることを踏まえると、一貫してKの上司であったDには、Kに対する安全配慮義務の一内容として、Kから業務量に関する申出があった場合には、現在の業務量による心理的負荷があるか、あるとしてどの程度のものかなどを検討し、業務上の合理性に基づく裁量判断を経て、対応可能な範囲で当該申出に対応し、対応が不可能であれば、そのことをKに説明すべき義務を負っていた。

同判例

判決は、「障害者雇用率達成のため」発言で注意義務違反としたものの、業務量調整には問題があったとせず説明不足とするにとどめ、会社の損害賠償責任は認めなかった。遺族にとっては厳しい結果となった。(2023年4月4日追記・当時の遺族側弁護士の高田知憲氏によると、遺族側は控訴し、札幌高裁で和解。和解内容は非公開)

2013年当時の背景として、雇用率が1.8%から2.0%に引き上げられたが、精神障害者については雇用義務化(2018年)の前だった。雇用障害者40万8947.5人中、精神障害をオープンにして働く人は2万2218.5人(厚労省)だった。身体障害者・精神障害者共通して、この頃既に「採用されたが仕事が少なすぎる」という声が上がっている実態があることは、障害者雇用関係者の間で知られていた。

こうして雇用された障害者のなかには、Kさんのように精神的に追い詰められていく人もいた。「あなたは本当はいらない」と言われているかのようであるうえに、スキルアップの機会も望めない。雇用率達成ありきで採用後の雇用の質が不十分ななかで、自殺者が出ることになった。「居るだけ雇用」それ自体は一見具体的な法令に触れる雇用ではないかもしれないが、障害者雇用促進法の「社会連帯」や「障害者の職業人としての自立」という立法趣旨からはかけ離れたものであり、注意義務違反認定などコンプライアンス上の問題があるといえる。

柔軟性が少ない障害者枠での働き方

なぜ多くの企業がこのような対応を取るのか。働く障害者側と雇用する企業側、双方に向けて情報発信する、障害者雇用コンサルタントの松井優子氏の解説に基づいて、要約する。(出典:障害者枠で就職して、仕事が少ないと感じたときに考えておきたいこと

多くの場合、体調が悪くなって急に穴をあけられたら困る、残業させて体調が悪くなったら困る、無理をして体調を崩して休まないようにと配慮をしている、などの理由があるからだ。そのためどうしても、納期に余裕があったり、何人かで仕事を行ってもらい、仮に欠勤したりした場合でも他の人が対応できるように、無難な業務を担当してもらうようにしてしまいがち。

では、障害者本人からできることを提案していけば、改善されるだろうか。

「○○ができます」と言われても、それに合わせた仕事を作り出すことのほうに手間がかかってしまうことが多く、担当者が負担になるくらいであれば、ゆっくり仕事をしておいてもらおう、という考えになることも少なくない。

「何かお手伝いすることはないですか」と上司や同僚に声をかけたりして、何かしようと努力する人もいるが、結局、誰かに仕事を作ってもらうプロセスが必要な場合には、逆に担当者の仕事を増やしてしまうことにもなりかねない。まずは、自分の判断で解決できるような中で、何か会社のため、チームのためになることを考えてみること。例えば、みんなが使うフロアの給湯室を掃除する、新聞や雑誌などを整理する、書類やファイルを使いやすいように揃える、営業などで使えそうな資料をまとめる、競合他社のWEBサイトをリサーチするなど。

今の障害者枠での働き方は柔軟性が少ない。障害者雇用で働きたいという人と、障害者雇用をする企業のスタンスを見ていると、変化にはまだまだ時間がかかりそうだ。

「あまりにも現状に満足できない」という人に、できることとしては、2つの道がある。1つ目の方法は、今の会社や働く人とどのように折り合いをつけるかということ。2つ目は、それを続けることで自分が苦しく、難しいという状況であれば、どのような別の選択肢があるのかということを考えること。会社という組織で働くことだけが人生ではない。今は、いろいろな働き方ができる時代。もし、会社で働くことが自分に合わず、むしろ体調を崩してしまうというのであれば、別の選択肢を考えてみることもできる。

最近は、特定の職務ができる人を採用するジョブ型雇用を導入する企業が増えている。ジョブ型雇用は、従来の日本企業によくみられたメンバーシップ型雇用よりも仕事内容が明確である。即戦力や専門スキルが求められることになるが、障害者もこのような働き方を目指していくと、今までと違った仕事をすることもできる可能性が広がるのではないか。


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