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長編小説『because』 53

「沙苗さん、出掛けるよ」
日曜日の朝、珍しく彼が私を起こした。いつもであれば、寝ている私なんか放置して、さっさと独りでどこかに出掛けていってしまうのに、彼は私の体を優しく揺すっていた。時計に目を移すと、九時を三十分まわっている。
「えー、なに。日曜日だよ」
「そんな事知ってるよ」
彼が満面の笑顔で私にキスをした。そんな事は珍しかった。日曜日の朝に彼と口づけを交わすのなんて初めてなんじゃないだろうか。私が彼の咄嗟の行動に反応出来ずにいると
「どうしたの?」
とまた満面の笑顔で言葉を投げてくる。ふわりと体を包み込んでしまうような、優しい言葉だった。
 そんな彼の突然の行動に動揺していたのか、いつもであれば絶対に起き上がりたくもないのに、私は体を起こしそのまま洗面所で顔を洗った。化粧の施されていない自分の顔など毎日当たり前のように見ているのに、この時鏡に映った自分の顔がなんて惨めで、彼は本当にこんな人を自分の彼女として見ているのだろうかと、疑ってしまうくらいだった。あの人はなんてお人好しなのだろうって。

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