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長編小説『because』 56

 私たちの住んでいるマンションから十分も歩けば、賑やかな商店街へ出る事ができる。日曜日のこんな時間にここへ来た事は初めてで、平日にはない賑やかさが私を少し唖然とさせる。商店街とうたっているものの、いつも人はまばらで、商店街という名にそぐわない空気をいつだって身につけていたはずなのに、ここは私の知らない所で、商店街という空気を身につけ、それは誰が見ても、商店街と名付けるであろうという空気を持っていた。だからここには商店街という名がついているのであって、私はこの商店街の本領を始めて目の当たりにしていた。
「日曜日だと、朝からこんなに賑やかなんだね」
と自然に洩れた言葉に
「沙苗さん、いつも寝てるから」
と優しく、でもなんだか寂しそうな口調で彼が言った。私が日曜日から早く起きる事を彼は望んでいるのだろうか。もし、そうであれば私はたとえそれが時間の制約なく寝ていられる日曜日であろうと早い時間に起床する努力をする事だろう。でも、彼はそうは言わない。そうやって寂しそうな匂いを漂わす事はしても、直接的に私に「早く起きて」とは絶対に言わないのだ。私だって彼がそう思っている確信を掴んでいる訳ではないし、そんな私の勝手な想像の中で、せっかくの日曜日の朝の睡眠の時間を潰そうとは思わない。
「ねえ……」
私の口からそこまでの言葉が洩れて、その先の言葉を喉元が制止した。
「ん?」
と彼がようやく私の方を見た。彼の目が私の目に合い、その先を探ろうとしていた。私は言葉に詰まり、やっぱり言い出す事ができないでいる。息が詰まりそうになって、呼吸を続けるために喉元で酸素を堰き止めていた言葉を呑み込んだ。

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