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長編小説『because』 52

商店街を歩く人々の声が段々と聞こえなくなっていく。さっきまであれ程届いていたのに、今ではその会話が随分と小さくなった。耳を塞いでいる訳でもないし、目も開いている。でも、人々の声はゆっくりと遠くなっていき、私の頭の中にぼんやりと彼の友達であるその人の顔が浮かんできた。まだ見えない、でも、見えてきた。

目はこんな……鼻はたしか……口はどうだったか。少しずつ少しずつその人の顔を組み立てていると、人々の声は完全に聞こえなくなってしまった。またでんぱちが私の顔を覗き込み、その口が何かを私に伝えようとして動いている。

でも、すぐ近くで私に向けられているその言葉でさえ、もう私には届かなくなった。今は人の声なんかより、頭の中にぼんやりと浮かんだその彼の友達の顔を組み上げる方が、何倍も大切だった。声を絶ち、顔を組み上げる。もうちょっと、もうちょっとででき上がりそう。それでもやっぱりでき上がらなくて、顔のパーツは曖昧なまま。

「あいつの事をどう思っているんですか?」

全くなくなってしまっていた音の中に、一つの言葉が溢れた。
そうだ、そういえば、私はもう名前も顔も明確にならないその人にそう言われたんだ。「どう?」と私が聞きかえした事はよく憶えている。でもその後にその人が言った言葉はどうしたって思い出せない。それくらい、彼の友達が最初に放ったその言葉が印象的だったのかもしれない。音がなくなった今の私にだって届く音なのだから、きっと、その言葉は私の脳の中にくっきりとした傷を残しているに違いないのだ。

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