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「直感」文学 *一時の帰省*

 里へ帰ったのは、まだ肌寒い季節だった。緑の多い景色には、どこか東京にあるビル群のそれと似ているように思えたけど、そんな思いも一瞬にして消え去ってしまう。ここには人の喧騒がない。あたふたと慌てふためく雰囲気もない。どこか人を急かすような追っ手も来ない。ただ静かに佇む静寂と、私を受け入れようとしているのか、それとも拒絶しようとしているのか、それだって定かではない虚無な感情を持った森が私を見つめていた。
「まゆみちゃん、おかえりなさい」
古びた引き戸を開けると、お母さんが私を出迎えた。素直に私を受け入れようとする笑顔で。
「ただいま」
中に入って戸を閉める。そうしないと、外の冷気が私を襲おうとするから。
「お父さんは?」
「今出ちゃってるのよ。もうすぐ帰ってくると思うけど」
「お父さんには言ってあるんだよね?私が帰ってくるってこと」
「ああ、うん。言ってあるわよ」
少し疑わしい反応。それもそうだろう。だって私がここの家を出る時、お父さんは反対していたんだもの。「どうせすぐに帰ってくるに決まってる」そう言って、私が家を出ていくのを止めはしなかったけど、見送りもしなかった。
「それにしても急ね。もう東京には戻らないの?」
「ううん。全然そんなことないの」
私は首を横に振った。私は別に東京が嫌になって帰ってきたんじゃない。
「電話でも言ったけど、明日は予定を空けておいて欲しい。紹介したい人がいるから」
「紹介したい人?」
「そう。大切な人」
「大切な人……」
お母さんはそう言って、私をもう一度正面から見た。そして静かに頷いて「ああ……、そういうこと?」と聞いた。
「そういうこと」
私はそう言ってから「お父さんにも明日は空けておいてって言ったよね?途中から、彼と合流するんだから。結婚したい人と」

 外の木が大きく揺れた。一つの木が揺れることは大したことじゃないけど、それらが纏まって揺れると大きな波を描いているみたい。私が結婚することを祝福しているようで、また、反対しているようでいる。
 それは私にも分からなかった。

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