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長編小説『becase』 40

 その男性、つまり彼と再開したのはその数時間後で、私が一日の仕事で感じた疲労を肩に背負い込んで自宅のマンションにやっとの思いで戻ってきた時だった。時間は八時くらいだっただろうか。私はいつも通りに自分の部屋番号の書かれているポストを開け、必要なもの、とりあえず家に持ち帰るもの、集合ポストの下に置かれているゴミ箱に捨てる物を選別し終え、乗り馴れたエレベーターに乗り、三階で降りる。そして十五メートル程歩いて自分の家のドアを開けようとした時、自分の家の前にその彼が立っていた。最初、何かしらの用がある人だと思った。でもエレベーターから降りて、段々その人に近づいていくと、その人が昼間私と同じエレベーターに乗ったあの人だと言う事に気付いた。それに気付いてしまって、急に私は怖くなった。なぜ、あの人がここにいるのだ。しかもここは私の家なのだ。……ストーカーという文字が頭の中に浮かぶと、昼間のあのよく分からない行動の意味さえ理解する事が出来るような気がする。逃げなきゃ、そう思った瞬間に彼は私の方を見た。そして確かに目が合った。彼は私の方へ向けてゆっくりと歩き出し、近づいてくる。距離にしてあと十メートルもないくらいのとても近い距離だった。私は声を出そうと思っているのに、なぜだか喉が固まってしまう、思いっきり叫んでいるつもりでも、そこからは擦れた微かな音しか洩れる事がなかった。

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