逃避行ヘッダー

『短編小説』第1回 逃避行 /全6回

 排他的な街。……ああ、ここで突然倒れたってきっと誰一人だって俺に気を留めやしないだろう。俺だけが認められていない訳じゃない。この街は誰にだって興味を示していないんだ、本当の意味では。
 かりそめの笑顔が至るところに見える。ああ、なんて空虚なんだろう。それでも誰一人、俺にはたとえかりそめであっても笑顔を向けてくれはしない。向けられるとすれば軽蔑の眼差し。仕方ないことだ。身なりがこれだけ汚く、辺りに異臭を放っているのだから、嫌がられてしまうのは当たり前だった。

 しかしあれだ……。空腹がどこまでも襲いかかる。何か食べ物がないかと地面を見てみるが、落ちているのはタバコの吸殻ぐらいだ。得体の知れない何かしらはいくらでも落ちていたが、それを口に運ぶ程俺はまだ落ちぶれてないようだ。自分が嫌われているという自覚を持てること自体、俺がまだ染まりきってはいないことを示唆しているのかもしれない。
「おじさん、どうしてそんなに臭いの?」
ああ、ああ、こんな時間に子供がこんなところを出歩いていたら危ないじゃないか。親は何をしてるんだ、まったく、……なんて俺が言えたことでもないか。……みなとは、元気にしてるんだろうか。
 子供を無視して、その場を通り過ぎようとする。しかしその子供はまた俺の目の間に来て「おじさん、どうしてそんな臭いの?」と言ってくる。厄介なガキだ。こんな身なりで子供が興味を示す気持ちは分からなくはないが、それにしたってこういう人間には近寄ってはいけない、と親は教えるべきだ。俺は何をするでもないが、中には危険な輩だっているだろう。もちろんホームレスに限った話ではないが。
「ねえ、おじさんって」
鬱陶しい。少し脅かしてやれば離れていくだろうと思い、俺はその子供を襲おうとした素振りを見せた。子供はびくっと身体を震わせて、じっと身体を固めてしまう。……まあこれでいいだろう。俺はその子供を無視したまま、深い街の暗がりに埋もれていった。

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