「直感」文学 *愛の形*
行ってしまった。彼女は、どこまでも遠くに、僕の決して手の届かないところに。
見えない、ぐっと目を凝らしてみても、その点でさえ掴むことが出来ないくらい遠くに。
「ううん、別に、いいの。だってあなたはさ、とても良い人だったから」
最後の言葉は、ただ静かに蘇った。冷たくて、ただ、冷たくて。その言葉を脳裏に描くたびに、心は冷たく固まってしまった。一瞬で氷漬けにしてしまうその言葉。儚くも、どこまでも痛い、その言葉。
「良い人だったから」
どうせなら、もっと分かりやすく、拒絶する言葉だったらよかったのに、一片の望みも残さないような、突き放す言葉だったらよかったのに。
それなのに彼女は、僕に一瞬の隙を残して、去っていく。
とても卑怯。とても卑怯。
だから僕はいつまでも彼女を忘れられずに、ぐっと息をこらえるように、心臓の鼓動を止めるように、たまに目を瞑る。無意識のうちに、涙が溢れないように。
冷たい。それはただ冷たい。彼女はとても冷たくて、優しい。
その一瞬の隙があるから、僕は希望が捨てられない。だけどそこに一瞬の隙もなかったら、僕はもうこの世にはいなかったのかもしれないのだから。
ぐーっと手を伸ばす。
空はあまりにも遠い。僕と彼女の距離くらい。
不思議と痛みは感じない。だけど視界は霞む。
空はこんなに遠いのに、僕が飛び降りたその10階建てのビルの屋上は、嫌なくらいによく見える。
「ああ、あそこから……」……〝飛び降りたんだ。〟
言葉は切れたまま、永遠に葬られてしまうのだった。
まあ、いい。しょうがないことだ。彼女が笑っていれば、それでいい。
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