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長編小説『because』 49

「変な事は何もしてません」
「変な事?じゃあ、人の会社に乗り込んだり、人の家の前で待ち伏せしたり、それは変な事じゃないって言うの?」
「ああ……」
彼は一度俯いてから
「変かもしれません……」と続けた。
「そういうのストーカーって言うのよ」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「じゃあ、なんなんですか?」
「いや、あの……」
彼は俯いたまま、頭を掻いている。
「ただ、あなたが好きで……」
「好きだったら、あなたはこんな事をするの?」
「そんなつもりじゃなかったんですけど、気付いたらここにいて……」
「それより……なんであなたは私の家を知っているのよ?」
「はあ……追いかけたので」
「だから、それがストーカーでしょ?」
「ああ……そうかもしれません」
「さっきから、ああ、とか、はあ、とかそんな話し方しかできないんですか?」
「いえ……すみません」
そう言うと、彼は口を閉ざした。爽やかな風がマンションの通路を流れて、私の体を少しだけ冷やしていた。
「とりあえず、帰ってください」
「……分かりました」
少しくらい言葉に詰まっていいものの、私がそう言うと彼はすぐにそう答えた。私が家に入ろうとドアを開け、ドアがもう閉まりそうなその時に
「あなたが好きなんです!」
と言った彼の今日一番の大きな声が聞こえた。その声はドアが閉まるバタンという音に掻き消されてしまった。

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